論語 憲問 第十四
(1)  憲(けん)問フレ恥(はぢ)ヲ。子曰ハク、邦(くに)ニ有ルニレ道穀(こく)シ、邦ニ無キモレ道穀スルハ恥ナリ也ト。
憲問恥。子曰、邦有道穀、邦無道穀恥也。
憲恥を問ふ。子曰はく、邦に道有るに穀し、邦に道無きも穀するは恥なりと。

(2)  克(こく)・伐(ばつ)・怨(ゑん)・欲(よく)ヲ不ルハレ行(おこな)ハ焉、可(べ)キカ二以テ爲(な)ス一レ仁(じん)ト矣ト。子曰ハク、可シ二以テ爲ス一レ難(かた)シト矣。仁ハ則チ吾(われ)不ルナリレ知ラ也ト。
克・伐・怨・欲不行焉、可以爲仁矣。子曰、可以爲難矣。仁則吾不知也。
克・伐・怨・欲を行はざるは、以て仁と爲すべきかと。子曰はく、以て難しと爲すべし。仁は則ち吾知らざるなりと。

(3)  子曰ハク、士(し)ニシテ而懷(おも)フハレ居(きよ)ヲ、不レ足(た)ラ二以テ爲(な)スニ一レ士ト矣ト。
子曰、士而懷居、不足以爲士矣。
子曰はく、士にして居を懷ふは、以て士と爲すに足らずと。

(4)  子曰ハク、邦(くに)ニ有レバレ道、危(たか)クシレ言(げん)ヲ危クスレ行ヒヲ。邦ニ無ケレバレ道、危クシレ行ヒヲ言ハ孫(へりくだ)ルト。
子曰、邦有道、危言危行。邦無道、危行言孫。
子曰はく、邦に道有れば、言を危くし行ひを危くす。邦に道無ければ、行ひを危くし言は孫ると。

(5)  子曰ハク、有(あ)ルレ�コ(とく)者ハ必ズ有レドモレ言(げん)、有ルレ言者ハ不二必ズシモ有ラ一レ�コ。仁者(じんしや)ハ必ズ有レドモレ勇(ゆう)、勇者(ゆうしや)ハ不ト二必ズシモ有ラ一レ仁(じん)。
子曰、有�コ者必有言、有言者不必有�コ。仁者必有勇、勇者不必有仁。
子曰はく、�コ有る者は必ず言有れども、言有る者は必ずしも�コ有らず。仁者は必ず勇有れども、勇者は必ずしも仁有らずと。

(6)  南宮(なんきゆう)适(くわつ)問ウテ二於孔子ニ一曰ク、羿(げい)ハ善(よ)クシレ射(しや)ヲ、奡(がう)ハ盪(うごか)セドモレ舟(ふね)ヲ、倶(とも)ニ不レ得二其ノ死ヲ一然。禹(う)・稷(しよく)ハ躬(みづか)ラ稼(う)ウレドモ、而有(たも)ツト二天下ヲ一。夫子(ふうし)不レ答(こた)ヘ。南宮适出(い)ヅ。子曰ハク、君子ナルカナ哉若(かくのごと)キ人ハ、尚(たつと)ベルカナレ�コヲ哉若キ人ハト。
南宮适問於孔子曰、羿善射、奡盪舟、倶不得其死然。禹・稷躬稼、而有天下。夫子不答。南宮适出。子曰、君子哉若人、尚�コ哉若人。
南宮适孔子に問うて曰く、羿は射を善くし、奡は舟を盪せども、倶に其の死を得ず。禹・稷は躬ら稼うれども、天下を有つと。夫子答へず。南宮适出づ。子曰はく、君子なるかな若き人は、�コを尚べるかな若き人はと。

(7)  子曰ハク、愛シテハレ之ヲ能(よ)ク勿(なか)ランヤレ勞(らう)スルコト乎。忠(ちゆう)ニシテハレ焉(これ)ニ能ク勿ランヤレ誨(をし)フルコト乎ト。
子曰、愛之能勿勞乎。忠焉能勿誨乎。
子曰はく、之を愛しては能く勞すること勿らんや。焉に忠にしては能く誨ふること勿らんやと。

(8)  子曰ハク、爲(つく)ルニレ命(めい)ヲ、裨�ェ(ひじん)草(さう)-二創(そう)シ之ヲ一、世叔(せいしゆく)討(たう)-二論(ろん)シ之ヲ一、行人(かうじん)ノ子羽(しう)修(しう)-二飾(しよく)シ之ヲ一、東里(とうり)ノ子産(しさん)潤(じゆん)-二色(しよく)スト之ヲ一。
子曰、爲命、裨�ェ草創之、世叔討論之、行人子羽修飾之、東里子産潤色之。
子曰はく、命を爲るに、裨�ェ之を草創し、世叔之を討論し、行人の子羽之を修飾し、東里の子産之を潤色すと。

(9)  或(ある)ヒト問フ二子産(しさん)ヲ一。子曰ハク、惠(いつくし)ムレ人ヲ也ト。問ヘバ二子西(しせい)ヲ一、曰ハク、彼(かれ)ヲヤ哉、彼ヲヤ哉ト。問ヘバ二管仲(くわんちゆう)ヲ一、曰ハク、コノ人ハ也、奪(うば)ヘドモ二伯氏(はくし)ノ駢邑(へんいふ)三百ヲ一、��(くら)ヒ二蔬食(そし)ヲ一、沒(を)フルマデレ齒(よはひ)ヲ無カリキト二怨言(ゑんげん)一。
或問子産。子曰、惠人也。問子西、曰、彼哉、彼哉。問管仲、曰、人也、奪伯氏駢邑三百、��蔬食、沒齒無怨言。
或ひと子産を問ふ。子曰はく、人を惠むと。子西を問へば、曰はく、彼をや、彼をやと。管仲を問へば、曰はく、この人は、伯氏の駢邑三百を奪へども、蔬食を��ひ、齒を沒ふるまで怨言無かりきと。

(10)  子曰ハク、貧(まづ)シウシテ而無キハレ怨(うら)ムルコト難(かた)ク、富(と)ミテ而無キハレ驕(おご)ルコト易(やす)シト。
子曰、貧而無怨難、富而無驕易。
子曰はく、貧しうして怨むること無きは難く、富みて驕ること無きは易しと。

(11)  子曰ハク、孟公綽(まうこうしやく)ハ爲(な)レバ二趙(てう)・魏(ぎ)ノ老(らう)ト一則(すなは)チ優(いう)ナレドモ、不トレ可(べ)カラ三以テ爲ル二滕(とう)・薛(せつ)ノ大夫(たいふ)ト一。
子曰、孟公綽爲趙・魏老則優、不可以爲滕・薛大夫。
子曰はく、孟公綽は趙・魏の老と爲れば則ち優なれども、以て滕・薛の大夫と爲るべからずと。

(12)  子路(しろ)問フ二成人(せいじん)ヲ一。子曰ハク、若(ごと)キ二臧武仲(ざうぶちゆう)ノ之知(ち)・公綽(こうしやく)ノ之不欲(ふよく)・卞莊子(べんさうし)ノ之勇(ゆう)・冉求(ぜんきう)ノ之藝(げい)ノ一、文(かざ)ルニレ之ヲ以テセバ二禮樂(れいがく)ヲ一、亦(また)可シ三以テ爲(な)ス二成人ト一矣ト。曰ク、今ノ之成人ハ者何(なん)ゾ必ズシモ然(しか)ラン。見テハレ利(り)ヲ思ヒレ義(ぎ)ヲ、見テハレ危(き)ヲ授(さづ)ケレ命(めい)ヲ、久要(きうえう)ハ不ンバレ忘レ二平生(へいぜい)ノ之言(げん)ヲ一、亦(また)可シ三以テ爲ス二成人ト一矣ト。
子路問成人。子曰、若臧武仲之知・公綽之不欲・卞莊子之勇・冉求之藝、文之以禮樂、亦可以爲成人矣。曰、今之成人者何必然。見利思義、見危授命、久要不忘平生之言、亦可以爲成人矣。
子路成人を問ふ。子曰はく、臧武仲の知・公綽の不欲・卞莊子の勇・冉求の藝のごとき、之を文るに禮樂を以てせば、亦以て成人と爲すべしと。曰く、今の成人は何ぞ必ずしも然らん。利を見ては義を思ひ、危を見ては命を授け、久要は平生の言を忘れずんば、亦以て成人と爲すべしと。

(13)  子問ウテ二公叔(こうしゆく)文子(ぶんし)ヲ於公明賈(こうめいか)ニ一曰ハク、信(まこと)ナルカ乎、夫子(ふうし)不レ言(ものい)ハ、不レ笑ハ、不トハレ取ラ乎ト。公明賈對(こた)ヘテ曰ク、以テ告(つ)グル者ノ過(あやま)テルナリ也。夫子(ふうし)時(とき)ニシテ然(しか)ル後(のち)ニ言フニ、人不レ厭(あ)カ二其ノ言フコトニ一。樂(たの)シミテ然ル後ニ笑フニ、人不レ厭カ二其ノ笑フコトニ一。義(ぎ)ニシテ然ル後ニ取ルニ、人不トレ厭カ二其ノ取ルコトニ一。子曰ハク、其レ然(しか)ラン、豈(あ)ニ其レ然ランヤ乎ト。
子問公叔文子於公明賈曰、信乎、夫子不言、不笑、不取乎。公明賈對曰、以告者過也。夫子時然後言、人不厭其言。樂然後笑、人不厭其笑。義然後取、人不厭其取。子曰、其然、豈其然乎。
子公叔文子を公明賈に問うて曰はく、信なるか、夫子言はず、笑はず、取らずとは乎と。公明賈對へて曰く、以て告ぐる者の過てるなり。夫子時にして然る後に言ふに、人其の言ふことに厭かず。樂しみて然る後に笑ふに、人其の笑ふことに厭かず。義にして然る後に取るに、人其の取ることに厭かずと。子曰はく、其れ然らん、豈に其れ然らんやと。

(14)  子曰ハク、臧武仲(ぞうぶちゆう)以テレ防(ばう)ヲ求(もと)ムレ爲(な)スコトヲレ後(のち)ヲ二於魯(ろ)ニ一。雖(いへど)モレ曰(い)フトレ不トレ要(えう)セレ君ヲ、吾(われ)ハ不レ信(しん)ゼ也ト。
子曰、臧武仲以防求爲後於魯。雖曰不要君、吾不信也。
子曰はく、臧武仲防を以て魯に後を爲すことを求む。君を要せずと曰ふと雖も、吾は信ぜずと。

(15)  子曰ハク、晉(しん)ノ文公(ぶんこう)ハ譎(いつは)ツテ而不レ正(たゞ)シカラ、齊(せい)ノ桓公(くわんこう)ハ正シウシテ而不トレ譎ラ。
子曰、晉文公譎而不正、齊桓公正而不譎。
子曰はく、晉の文公は譎つて正しからず、齊の桓公は正しうして譎らずと。

(16)  子路(しろ)曰ク、桓公(くわんこう)殺セルニ二公子(こうし)糾(きう)ヲ一、召忽(せうこつ)死(し)シレ之ニ、管仲(くわんちゆう)不レ死セ。曰(い)ハンカレ未(いま)ダト レ仁(じん)ナラ乎ト。子曰ハク、桓公九(きう)-二合(がふ)スルニ�ゥ侯(しよこう)ヲ一不ルハレ以(もつ)テセ二兵車(へいしや)ヲ一、管仲ノ之力(ちから)ナリ也。如(し)カンヤ二其(そ)ノ仁(じん)ニ一、如カンヤト二其ノ仁ニ一。
子路曰、桓公殺公子糾、召忽死之、管仲不死。曰未仁乎。子曰、桓公九合�ゥ侯不以兵車、管仲之力也。如其仁、如其仁。
子路曰く、桓公公子糾を殺せるに、召忽之に死し、管仲死せず。未だ仁ならずと曰はんかと。子曰はく、桓公�ゥ侯を九合するに兵車を以てせざるは、管仲の力なり。其の仁に如かんや、其の仁に如かんやと。

(17)  子貢(しこう)曰ク、管仲(くわんちゆう)ハ非(あら)ザルカ二仁者(じんしや)ニ一與。桓公(くわんこう)殺セルニ二公子(こうし)糾(きう)ヲ一不レ能(あた)ハレ死スルコト、又相(たす)クトレ之ヲ。子曰ハク、管仲ハ相ケテ二桓公ヲ一、覇(は)タラシメ二�ゥ侯(しよこう)ニ一、一(いつ)ニ匡(たゞ)ス二天下ヲ一。民(たみ)到(いた)ルマデ二于今(いま)ニ一受(う)ク二其ノ賜(たまもの)ヲ一。微(な)カリセバ二管仲一、吾(われ)其レ被髪(ひはつ)左衽(さじん)セン矣。豈(あ)ニ若(ごと)クナランヤ下匹夫匹婦(ひつぷひつぷ)ノ之爲(な)スヤレ諒(まこと)ヲ也、自(みづか)ラ經(くび)レテ二溝瀆(こうとく)ニ一而莫(な)キガ中之ヲ知ルモノ上也ト。
子貢曰、管仲非仁者與。桓公殺公子糾不能死、又相之。子曰、管仲相桓公、覇�ゥ侯、一匡天下。民到于今受其賜。微管仲、吾其被髪左衽矣。豈若匹夫匹婦之爲諒也、自經溝瀆而莫之知也。
子貢曰く、管仲は仁者に非ざるか。桓公公子糾を殺せるに死すること能はず、又之を相くと。子曰はく、管仲は桓公を相けて、�ゥ侯に覇たらしめ、一に天下を匡す。民今に到るまで其の賜を受く。管仲微かりせば、吾其れ被髪左衽せん。豈に匹夫匹婦の諒を爲すや、自ら溝瀆に經れて之を知るもの莫きがごとくならんやと。

(18)  公叔(こうしゆく)文子(ぶんし)ノ之臣(しん)ノ大夫(たいふ)僎(せん)、與(と)二文子一同(とも)ニ升(のぼ)ス二�ゥ(これ)ヲ公(こう)ニ一。子(し)聞イテレ之ヲ曰ハク、可(べ)シ二以テ爲(な)ス一レ文(ぶん)ト矣ト。
公叔文子之臣大夫僎、與文子同升�ゥ公。子聞之曰、可以爲文矣。
公叔文子の臣の大夫僎、文子と同に�ゥを公に升す。子之を聞いて曰はく、以て文と爲すべしと。

(19)  子言フ二衞(ゑい)ノ靈公(れいこう)ノ之無道(ぶだう)ヲ一也。康子(かうし)曰ク、夫(そ)レ如(ごと)クナルニレ斯(か)クノ、奚(なん)ゾ而不ルトレ喪(ほろ)ビ。孔子曰ハク、仲叔圉(ちゆうしゆくぎよ)ハ治(をさ)メ二賓客(ひんかく)ヲ一、祝鮀(しゆくだ)ハ治メ二宗廟(そうべう)ヲ一、王孫賈(わうそんか)ハ治ム二軍旅(ぐんりよ)ヲ一。夫レ如クナルニレ斯クノ、奚ゾ其レ喪ビント。
子言衞靈公之無道也。康子曰、夫如斯、奚而不喪。孔子曰、仲叔圉治賓客、祝鮀治宗廟、王孫賈治軍旅。夫如斯、奚其喪。
子衞の靈公の無道を言ふ。康子曰く、夫れ斯くのごとくなるに、奚ぞ喪びざると。孔子曰はく、仲叔圉は賓客を治め、祝鮀は宗廟を治め、王孫賈は軍旅を治む。夫れ斯くごとくなるに、奚ぞ其れ喪びんと。

(20)  子曰ハク、其ノ言フニレ之ヲ不レバレ怍(は)ヂ、則(すなは)チ爲(な)スヤレ之ヲ也難(かた)シト。
子曰、其言之不怍、則爲之也難。
子曰はく、其の之を言ふに怍ぢざれば、則ち之を爲すや難しと。

(21)  陳成子(ちんせいし)弑(しい)ス二簡公(かんこう)ヲ一。孔子沐浴(もくよく)シテ而朝(てう)シ、告(つ)ゲテ二於哀公(あいこう)ニ一曰ハク、陳恆(ちんこう)弑ス二其ノ君(きみ)ヲ一。請(こ)フ討(う)テトレ之ヲ。公曰ク、告(つ)ゲヨト二夫(か)ノ三子(さんし)ニ一。孔子曰ハク、以(もつ)テ三吾(わ)ガ從(したが)フヲ二大夫(たいふ)ノ之後(のち)ニ一、不ルニ二敢(あ)ヘテ不ンバアラ一レ告ゲ也、君曰ク、告ゲヨト二夫ノ三子者(さんししや)ニ一。之(ゆ)キテ二三子ニ一告グレドモ、不レ可(き)カ。孔子曰ハク、以テ三吾ガ從フヲ二大夫ノ之後ニ一、不ルナリ二敢ヘテ不ンバアラ一レ告ゲ也ト。
陳成子弑簡公。孔子沐浴而朝、告於哀公曰、陳恆弑其君。請討之。公曰、告夫三子。孔子曰、以吾從大夫之後、不敢不告也、君曰、告夫三子者。之三子告、不可。孔子曰、以吾從大夫之後、不敢不告也。
陳成子簡公を弑す。孔子沐浴して朝し、哀公に告げて曰はく、陳恆其の君を弑す。請ふ之を討てと。公曰く、夫の三子に告げよと。孔子曰はく、吾が大夫の後に從ふを以て、敢へて告げずんばあらざるに、君曰く、夫の三子者に告げよと。三子に之きて告ぐれども、可かず。孔子曰はく、吾が大夫の後に從ふを以て、敢へて告げずんばあらざるなりと。

(22)  子路(しろ)問フレ事(つか)フルコトヲレ君ニ。子曰ハク、勿(なか)レレ欺(あざむ)クコト也。而(しか)シテ犯(をか)セトレ之ヲ。
子路問事君。子曰、勿欺也。而犯之。
子路君に事ふることを問ふ。子曰はく、欺くこと勿れ。而して之を犯せと。

(23)  子曰ハク、君子ハ上達(じやうたつ)シ、小人ハ下達(かたつ)スト。
子曰、君子上達、小人下達。
子曰はく、君子は上達し、小人は下達すと。

(24)  子曰ハク、古(いにしへ)ノ之學者(がくしや)ハ爲(ため)ニシレ己(おのれ)ノ、今ノ之學者ハ爲ニストレ人ノ。
子曰、古之學者爲己、今之學者爲人。
子曰はく、古の學者は己の爲にし、今の學者は人の爲にすと。

(25)  蘧伯玉(きよはくぎよく)使(つか)ハス二人ヲ於孔子(こうし)ニ一。孔子與(と)レ之坐(ざ)シテ而問(と)ヘリ焉。曰ク、夫子(ふうし)何(なに)ヲカ爲(な)スト。對(こた)ヘテ曰ク、夫子ハ欲(ほつ)スルモレ寡(すくな)クセント二其ノ過(あやま)チヲ一、而未(いま)ダレ能(あた)ハ也ト。使者(ししや)出(い)ヅ。子曰ハク、使(つか)ヒナルカナ乎、使ヒナルカナ乎ト。
蘧伯玉使人於孔子。孔子與之坐而問焉。曰、夫子何爲。對曰、夫子欲寡其過、而未能也。使者出。子曰、使乎、使乎。
蘧伯玉人を孔子に使はす。孔子之と坐して問へり。曰く、夫子何をか爲すと。對へて曰く、夫子は其の過ちを寡くせんと欲するも、未だ能はずと。使者出づ。子曰はく、使ひなるかな、使ひなるかなと。

(26)  子曰ハク、不ンバレ在(あ)ラ二其ノ位(くらゐ)ニ一、不トレ謀(はか)ラ二其ノ政(まつりごと)ヲ一。曾子(そうし)曰ク、君子ハ思フコト不トレ出(い)デ二其ノ位(くらゐ)ヲ一。
子曰、不在其位、不謀其政。曾子曰、君子思不出其位。
子曰はく、其の位に在らずんば、其の政を謀らずと。曾子曰く、君子は思ふこと其の位を出でずと。

(27)  子曰ハク、君子ハ恥(は)ヅト三其ノ言(げん)ノ之過(す)グルヲ二其ノ行(おこな)ヒニ一。
子曰、君子恥其言之過其行。
子曰はく、君子は其の言の其の行ひに過ぐるを恥づと。

(28)  子曰ハク、君子ノ道トスル者三ツアリ、我無シレ能(よ)クスルコトレ焉(これ)ヲ。仁者(じんしや)ハ不レ憂(うれ)ヘ、知者ハ不レ惑(まど)ハ、勇者(ゆうしや)ハ不トレ懼(おそ)レ。子貢(しこう)曰ク、夫子(ふうし)自(みづか)ラヲ道(い)フナリ也ト。
子曰、君子道者三、我無能焉。仁者不憂、知者不惑、勇者不懼。子貢曰、夫子自道也。
子曰はく、君子の道とする者三つあり、我焉を能くすること無し。仁者は憂へず、知者は惑はず、勇者は懼れずと。子貢曰く、夫子自らを道ふなりと。

(29)  子貢(しこう)方(くら)ブレ人ヲ。子曰ハク、賜(し)ハ也賢(けん)ナルカナ乎哉。夫(そ)レ我ハ則(すなは)チ不トレ暇(いとま)アラ。
子貢方人。子曰、賜也賢乎哉。夫我則不暇。
子貢人を方ぶ。子曰はく、賜は賢なるかな。夫れ我は則ち暇あらずと。

(30)  子曰ハク、不レ患(うれ)ヘ三人ノ之不ルヲ二己(おのれ)ヲ知ラ一、患フ二其ノ不ルヲ一レ能(あた)ハ也ト。
子曰、不患人之不己知、患其不能也。
子曰はく、人の己を知らざるを患へず、其の能はざるを患ふと。

(31)  子曰ハク、不レ逆(むか)ヘレ詐(いつは)リヲ、不レ億(おも)ハレ不ルヲレ信(しん)ゼラレ、抑(そもそ)モ亦(また)先(ま)ヅ覺(さと)ル者ハ是(これ)レ賢(けん)ナルカナ乎ト。
子曰、不逆詐、不億不信、抑亦先覺者是賢乎。
子曰はく、詐りを逆へず、信ぜられざるを億はず、抑も亦先づ覺る者は是れ賢なるかなと。

(32)  微生畝(びせいほ)謂(い)ツテ二孔子ニ一曰ク、丘(きう)ヨ何(なん)ゾ爲(な)スカ二是(こ)ノ栖栖(せい〳〵)タル者ヲ一與。無カランヤ二乃(すなは)チ爲スコト一レ佞(ねい)ヲ乎ト。孔子曰ハク、非(あら)ズ二敢(あ)ヘテ爲スニ一レ佞ヲ也、疾(にく)メバナリレ固(こ)ヲ也ト。
微生畝謂孔子曰、丘何爲是栖栖者與。無乃爲佞乎。孔子曰、非敢爲佞也、疾固也。
微生畝孔子に謂つて曰く、丘よ何ぞ是の栖栖たる者を爲すか。乃ち佞を爲すこと無からんやと。孔子曰はく、敢へて佞を爲すに非ず、固を疾めばなりと。

(33)  子曰ハク、驥(き)ハ不シテレ稱(しよう)セ二其(そ)ノ力(ちから)ヲ一、稱ス二其ノ�コ(とく)ヲ一也ト。
子曰、驥不稱其力、稱其�コ也。
子曰はく、驥は其の力を稱せずして、其の�コを稱すと。

(34)  或(ある)ヒト曰ク、以(もつ)テレ�コヲ報(むく)イバレ怨(うら)ミニ何如(いかん)ト。子曰ハク、何(なん)ゾ以(もつ)テセン二報(むく)ユルニ�コヲ一。以テレ直(ちよく)ヲ報イレ�コニ、以テスルハレ�コヲ報ユルナリトレ�コニ。
或曰、以�コ報怨何如。子曰、何以報�コ。以直報�コ、以�コ報�コ。
或ひと曰く、�コを以て怨みに報いば何如と。子曰はく、何ぞ報ゆるに�コを以てせん。直を以て�コに報い、�コを以てするは�コに報ゆるなりと。

(35)  子曰ハク、莫(な)キカナ二我ヲ知ルモノ一也夫ト。子貢(しこう)曰ク、何爲(なんす)レゾ其レ莫キヤレ知ルモノレ子(し)ヲ也ト。子曰ハク、不レ怨(うら)ミレ天ヲ、不レ尤(とが)メレ人ヲ、下學(かがく)シテ而上達(じやうたつ)ス。知ルレ我ヲ者ハ其(そ)レ天カ乎ト。
子曰、莫我知也夫。子貢曰、何爲其莫知子也。子曰、不怨天、不尤人、下學而上達。知我者其天乎。
子曰はく、我を知るもの莫きかなと。子貢曰く、何爲れぞ其れ子を知るもの莫きやと。子曰はく、天を怨みず、人を尤めず、下學して上達す。我を知る者は其れ天かと。

(36)  公伯寮(こうはくれう)愬(うつた)フ二子路(しろ)ヲ於季孫(きそん)ニ一。子服(しふく)景伯(けいはく)以テ告(つ)ゲテ曰ク、夫子(ふうし)固(もと)ヨリ有リレ惑(まど)ハサルゝコト二志(こゝろざし)ヲ於公伯寮ニ一。吾(わ)ガ力猶(な)ホ能(よ)ク肆(さら)サント二�ゥ(これ)ヲ市朝(してう)ニ一。子曰ハク、道ノ之將(まさ)ニルカ レ行(おこな)ハレント也與、命(めい)ナリ也。道ノ之將ニルカ レ廃(はい)セント也與、命ナリ也。公伯寮其(そ)レ如(いか)レ命ヲ何(ん)セント。
公伯寮愬子路於季孫。子服景伯以告曰、夫子固有惑志於公伯寮。吾力猶能肆�ゥ市朝。子曰、道之將行也與、命也。道之將廃也與、命也。公伯寮其如命何。
公伯寮子路を季孫に愬ふ。子服景伯以て告げて曰く、夫子固より志を公伯寮に惑はさるゝこと有り。吾が力猶ほ能く�ゥを市朝に肆さんと。子曰はく、道の將に行はれんとするか、命なり。道の將に廃せんとするか、命なり。公伯寮其れ命を如何せんと。

(37)  子曰ハク、賢者(けんじや)ハ辟(さ)ケレ世(よ)ヲ、其ノ次(つぎ)ハ辟ケレ地ヲ、其ノ次ハ辟ケレ色(いろ)ヲ、其ノ次ハ辟クトレ言(げん)ヲ。子曰ハク、作(た)ツ者七人(しちにん)アリ矣ト。
子曰、賢者辟世、其次辟地、其次辟色、其次辟言。子曰、作者七人矣。
子曰はく、賢者は世を辟け、其の次は地を辟け、其の次は色を辟け、其の次は言を辟くと。子曰はく、作つ者七人ありと。

(38)  子路(しろ)宿(やど)ル二於石門(せきもん)ニ一。晨門(しんもん)曰ク、奚(いづ)レ自(よ)リスルト。子路曰ク、自(よ)リスト二孔氏(こうし)一。曰ク、是(こ)レ知リナガラ二其ノ不可(ふか)ナルヲ一而爲(な)スレ之ヲ者カ與ト。
子路宿於石門。晨門曰、奚自。子路曰、自孔氏。曰、是知其不可而爲之者與。
子路石門に宿る。晨門曰く、奚れよりすると。子路曰く、孔氏よりすと。曰く、是れ其の不可なるを知りながら之を爲す者かと。

(39)  子擊(う)ツ二磬(けい)ヲ於衞(ゑい)ニ一。有リテ下荷(にな)ツテレ蕢(あじか)ヲ而過(す)グル二孔氏(こうし)ノ之門(もん)ヲ一者上曰ク、有ルカナレ心(こゝろ)哉、擊ツヤレ磬ヲ乎ト。既(すで)ニシテ而曰ク、鄙(ひ)ナルカナ哉、硜硜乎(こう〳〵こ)タリ。莫(な)ケレバレ知ルモノレ己(おのれ)ヲ也、斯(すなは)チ已(や)マンノミ而已矣。深ケレバ則チ��(もた)ゲ、淺(あさ)ケレバ則チ掲(かゝ)グト。子曰ハク、果(は)タセルカナ哉、末(な)シ二之ヲ難(かた)ンズルコト一矣ト。
子擊磬於衞。有荷蕢而過孔氏之門者曰、有心哉、擊磬乎。既而曰、鄙哉、硜硜乎。莫知己也、斯已而已矣。深則�氏A淺則掲。子曰、果哉、末之難矣。
子磬を衞に擊つ。蕢を荷つて孔氏の門を過ぐる者有りて曰く、心有るかな、磬を擊つやと。既にして曰く、鄙なるかな、硜硜乎たり。己を知るもの莫ければ、斯ち已まんのみ。深ければ則ち�獅ー、淺ければ則ち掲ぐと。子曰はく、果たせるかな、之を難んずること末しと。

(40)  子張(しちやう)曰ク、書(しよ)ニ云(い)フ、高宗(かうそう)諒陰(りやうあん)、三年不トレ言(ものい)ハ。何(なん)ノ謂(い)ヒゾヤ也ト。子曰ハク、何(なん)ゾ必ズシモ高宗ノミナラン。古(いにし)ヘノ之人ハ皆然(しか)リ。君薨(こう)ズレバ、百官(ひやつくわん)總(す)ベテレ己(おのれ)ヲ、以テ聽(き)クコト二於冢宰(ちようさい)ニ一三年ナリト。
子張曰、書云、高宗諒陰、三年不言。何謂也。子曰、何必高宗。古之人皆然。君薨、百官總己、以聽於冢宰三年。
子張曰く、書に云ふ、高宗諒陰、三年言はずと。何の謂ひぞやと。子曰はく、何ぞ必ずしも高宗のみならん。古への人は皆然り。君薨ずれば、百官己を總べて、以て冢宰に聽くこと三年なりと。

(41)  子曰ハク、上(かみ)好メバレ禮(れい)ヲ、則(すなは)チ民(たみ)易(やす)シレ使ヒ也ト。
子曰、上好禮、則民易使也。
子曰はく、上禮を好めば、則ち民使ひ易しと。

(42)  子路(しろ)問フ二君子(くんし)ヲ一。子曰ハク、脩(をさ)メテレ己(おのれ)ヲ以テ敬(けい)スト。曰ク、如(ごと)キノミカレ斯(か)クノ而已乎ト。曰ハク、脩メテレ己ヲ以テ安(やす)ンズトレ人ヲ。曰ク、如キノミカレ斯クノ而已乎ト。曰ハク、脩メテレ己ヲ以テ安ンズ二百姓(ひやくせい)ヲ一。脩メテレ己ヲ以テ安ンズルハ二百姓ヲ一、堯舜(げうしゆん)モ其(そ)レ猶(な)ホ病(や)メリトレ�ゥ(これ)ヲ。
子路問君子。子曰、脩己以敬。曰、如斯而已乎。曰、脩己以安人。曰、如斯而已乎。曰、脩己以安百姓。脩己以安百姓、堯舜其猶病�ゥ。
子路君子を問ふ。子曰はく、己を脩めて以て敬すと。曰く、斯くのごときのみかと。曰はく、己を脩めて以て人を安んずと。曰く、斯くのごときのみかと。曰はく、己を脩めて以て百姓を安んず。己を脩めて以て百姓を安んずるは、堯舜も其れ猶ほ�ゥを病めりと。

(43)  原壤(げんじやう)夷(あしぐみ)シテ俟(ま)ツ。子曰ハク、幼(えう)ニシテ而不二孫弟(そんてい)ナラ一、長(ちやう)ジテ而無クレ述(の)ブルコト焉、老(お)イテ而不レ死セ、是(これ)ヲ爲(な)ストレ賊(ぞく)ト。以テレ杖(つゑ)ヲ叩(たゝ)ク二其(そ)ノ脛(すね)ヲ一。
原壤夷俟。子曰、幼而不孫弟、長而無述焉、老而不死、是爲賊。以杖叩其脛。
原壤夷して俟つ。子曰はく、幼にして孫弟ならず、長じて述ぶること無く、老いて死せず、是を賊と爲すと。杖を以て其の脛を叩く。

(44)  闕黨(けつたう)ノ童子(どうじ)將(とりつ)グレ命(めい)ヲ。或(ある)ヒト問ウテレ之ヲ曰ク、�u(えき)スル者カト。子曰ハク、吾見三其ノ居(ゐ)ルヲ二於位(ゐ)ニ一也、見ル下其ノ與(と)二先生(せんせい)ト一並(なら)ビ行(ゆ)クヲ上也。非(あら)ズ二求(もと)ムルレ�u(えき)ヲ者ニ一也、欲(ほつ)スル二速(すみ)ヤカニ成(な)ランコトヲ一者ナリ也ト。
闕黨童子將命。或問之曰、�u者。子曰、吾見其居於位也、見其與先生並行也。非求�u者也、欲速成者也。
闕黨の童子命を將ぐ。或ひと之を問うて曰く、�uする者かと。子曰はく、吾其の位に居るを見、其の先生と並び行くを見る。�uを求むる者に非ず、速やかに成らんことを欲する者なりと。
(本文はtaiju生作「漢文エディタ」原文よりHTMLに変換したものである。原文は後日利用の便を考えて、このファイルに含めてある。又、上下のコラムを連動させるスクリプトも入っている。)