言志録
(
151)
畜フルコト厚クシテ而シテ發スルコト遠シ。
誠ノ之
動カスコトレ物ヲ自リ二愼獨一始マル。
獨リ處リテ能ク愼メバ、
雖モ下於テ二接スルレ物ニ時
ニ一不
ト中太ダ着ケ上レ意ヲ、
而モ人
自ヅカラ改メテレ容ヲ起コスレ敬ヲ。獨
リ處
リテ不
レバレ能ハレ愼
ムコト、雖
モ下於
テ二接
スルレ物
ニ時
ニ一、着
ケレ意
ヲ恪謹スト上、而
モ人
モ亦不
二敢ヘテ改
メテレ容
ヲ起
コサ一レ敬
ヲ。
誠ヲ之畜
フル・不
ルレ畜
ヘハ、
其ノ感應ノ之
速ヤカナルコト、
已ニ如シレ此クノ。
畜厚而發遠。誠之動物自愼獨始。獨處能愼、雖於接物時不太着意、而人自改容起敬。獨處不能愼、雖於接物時、着意恪謹、而人亦不敢改容起敬。誠之畜・不畜、其感應之速、已如此。
畜ふること厚くして而して發すること遠し。誠の物を動かすこと愼獨より始まる。獨り處りて能く愼めば、物に接する時に於て太だ意を着けずと雖も、而も人自づから容を改めて敬を起こす。獨り處りて愼むこと能はざれば、物に接する時に於て、意を着け恪謹すと雖も、而も人も亦敢へて容を改めて敬を起こさず。誠を畜ふる・畜へはざる、其の感應の速やかなること、已に此くのごとし。
(
152)
意ノ之
誠ナルカ否カハ、
須ラクシ 下於テ二夢寐中ノ事
ニ一驗ス上レ之
ヲ。
意之誠否、須於夢寐中事驗之。
意の誠なるか否かは、須らく夢寐中の事に於て之を驗すべし。
(
153)
不
ルレ起コサ二妄念ヲ一、
是レ敬ナリ。妄念
ノ不
ルレ起
コラ、是
レ誠ナリ。
不起妄念、是敬。妄念不起、是誠。
妄念を起こさざる、是れ敬なり。妄念の起こらざる、是れ誠なり。
(
154)
敬能ク截-二斷ス妄念ヲ一。
昔人云ク、敬
ハ勝ツト二百邪ニ一。百邪
ノ之
來ル、必
ズ有
リテ二妄念
一、
爲ス二之ガ先導ヲ一。
敬能截斷妄念。昔人云、敬勝百邪。百邪之來、必有妄念、爲之先導。
敬能く妄念を截斷す。昔人云く、敬は百邪に勝つと。百邪の來る、必ず妄念有りて、之が先導を爲す。
(
155)
一箇ノ敬ハ、
生ズ二許多ノ聰明ヲ一。
周公曰ク、
汝其レ敬セヨ。
識リ二百辟ノ享ヲ一、
亦識
ラント三其ノ有
ルヲ二不享一。
既ニ已ニ道破セリ。
一箇敬、生許多聰明。周公曰、汝其敬。識百辟享、亦識其有不享。既已道破。
一箇の敬は、許多の聰明を生ず。周公曰く、汝其れ敬せよ。百辟の享を識り、亦其の不享有るを識らんと。既に已に道破せり。
(
156)
敬スレバ則チ心
精明ナリ。
敬則心精明。
敬すれば則ち心精明なり。
(
157)
脩メテレ己ヲ以テ敬シ、以
テ安ンジレ人
ヲ、以
テ安
ンズルハ二百姓ヲ一、
壹ニ是レ天心流注スレバナリ。
脩己以敬、以安人、以安百姓、壹是天心流注。
己を脩めて以て敬し、以て人を安んじ、以て百姓を安んずるは、壹に是れ天心流注すればなり。
(
158)
勿レ下錯-二認シテ敬ヲ一做シ二一物ト一、
放-中在スルコト胸中ニ上。不
二但ダニ不
ルノミナラ一レ生ゼ二聰明ヲ一、
却ツテ窒グ二聰明
ヲ一。
即チ是レ累ナリ。
譬ヘバ猶ホシ 二肚中ニ有
ルガ一レ塊。
氣血爲メニレ之
ガ澁滯シテ不
レ流レ。即
チ是
レ病ナリ。
勿錯認敬做一物、放在胸中。不但不生聰明、却窒聰明。即是累。譬猶肚中有塊。氣血爲之澁滯不流。即是病。
敬を錯認して一物と做し、胸中に放在すること勿れ。但だに聰明を生ぜざるのみならず、却つて聰明を窒ぐ。即ち是れ累なり。譬へば猶ほ肚中に塊有るがごとし。氣血之が爲めに澁滯して流れず。即ち是れ病なり。
(
159)
人
ハ不
レ可カラレ無
カル二明快灑落ノ處一。
若シ徒ラニ爾ク畏縮趦趄セバ、
只ダ是レ死敬ニシテ、
濟シ-二得ン甚事ヲ一。
人不可無明快灑落處。若徒爾畏縮趦趄、只是死敬、濟得甚事。
人は明快灑落の處無かるべからず。若し徒らに爾く畏縮趦趄せば、只だ是れ死敬にして、甚事を濟し得ん。
(
160)
胸臆虚明ナレバ、
神光四發ス。
胸臆虚明、神光四發。
胸臆虚明なれば、神光四發す。
(
161)
耳目手足、
キテ要ス二神帥ヰテ而
氣從ヒ、
氣導イテ而
體動クヲ一。
耳目手足、キ要神帥而氣從、氣導而體動。
耳目手足、キて神帥ゐて氣從ひ、氣導いて體動くを要す。
(
162)
學者當ニシ 二コ與レ齒長ジ、
業逐ヒテレ年ヲ廣グ一。
四十以後ノ之人、
血氣漸ク衰フ。
最モ宜シクシ レ戒ム二牀笫ヲ一。不
ンバレ然ラ、
神昏ミ氣耗シ、
コ業不
レ能ハレ致スレ遠キヲ。不
三獨リ戒ムルコト在ルノミナラ二少キ之時
ニ一。
學者當コ與齒長、業逐年廣。四十以後之人、血氣漸衰。最宜戒牀笫。不然、神昏氣耗、コ業不能致遠。不獨戒在少之時。
學者當にコ齒と長じ、業年を逐ひて廣ぐべし。四十以後の人、血氣漸く衰ふ。最も宜しく牀笫を戒むべし。然らずんば、神昏み氣耗し、コ業遠きを致す能はず。獨り戒むること少き之時に在るのみならず。
(
163)
少壯ノ人、
精固ク閉シテ而不
ルモ二少シモ漏ラサ一、亦
不可ナリ。
神滯ツテ而不
レ暢ビ。
過グレバレ度ヲ則チ又自ラ戕フ焉。
故ニ得ルヲレ節ヲ之爲スレ難シト。
飲食ノ之過
グルハレ度
ヲ、人
モ亦或ハ規ムレ之
ヲ。
滛欲ノ之過
グルハレ度
ヲ、人
ノ所
ニシテレ不
ルレ伺ハ、
且ツ難シレ言ヒ。
非ズシテ二自ラ規
ムルニ一而
誰カ規
メン。
少壯人、精固閉而不少漏、亦不可。神滯而不暢。過度則又自戕焉。故得節之爲難。飲食之過度、人亦或規之。滛欲之過度、人所不伺、且難言。非自規而誰規。
少壯の人、精固く閉して少しも漏らさざるも、亦不可なり。神滯つて暢びず。度を過ぐれば則ち又自ら戕ふ。故に節を得るを之難しと爲す。飲食の度を過ぐるは、人も亦或は之を規む。滛欲の度を過ぐるは、人の伺はざる所にして、且つ言ひ難し。自ら規むるに非ずして誰か規めん。
(
164)
民ハ非ザレバ二水火ニ一、不
二生活セ一。
而レドモ水火
又能ク焚-二溺ス物
ヲ一。
飲食・
男女ハ、人
ノ之
所-二以ナリ生息スル一。而
レドモ飲食・男女、又
能ク戕-二害ス人
ヲ一。
民非水火、不生活。而水火又能焚溺物。飲食・男女、人之所以生息。而飲食・男女、又能戕害人。
民は水火に非ざれば、生活せず。而れども水火又能く物を焚溺す。飲食・男女は、人の生息する所以なり。而れども飲食・男女、又能く人を戕害す。
(
165)
爲スニレ學ヲ標-二榜スルハ門戸ヲ一、
只ダ是レ人欲ノ之
私ナリ。
爲學標榜門戸、只是人欲之私。
學を爲すに門戸を標榜するは、只だ是れ人欲の私なり。
(
166)
今ノ之
儒ハ、
勿レレ攻ムルコト二今
ノ之
釋ヲ一。儒
既ニ非ズ二古ノ之儒
ニ一、釋
モ亦非
ズ二古
ノ之釋
ニ一。
今之儒、勿攻今之釋。儒既非古之儒、釋亦非古之釋。
今の儒は、今の釋を攻むること勿れ。儒既に古の儒に非ず、釋も亦古の釋に非ず。
(
167)
儒ニシテ二其ノ言ヲ一、而不
レバレ儒
ニセ二其
ノ行ヒヲ一、
則チ其
ノ言
ヤ也、
祇ニ躬自ラ謗ルナリ。
儒其言、而不儒其行、則其言也、祇躬自謗。
其の言を儒にして、其の行ひを儒にせざれば、則ち其の言や、祇に躬自ら謗るなり。
(
168)
泰西ノ之
説、
已ニ有
リ二漸ク盛ンナル之
機一。其
ノ所ルレ謂ハ窮理ハ、
足ル二以
テ驚カスニ一レ人
ヲ。
昔者程子以
テ二佛氏ノ之
近キヲ一レ理ニ爲セシガレ害ト、而
今ノ洋説ノ之
近キハレ理
ニ、
甚ダシ二於佛氏
ヨリモ一。
且ツ其
ノ所ノレ出ダス奇技滛巧、
導キ二人
ヲ奢侈ニ一、
使ム二人
ヲシテ不
ラ一レ覺エ三駸駸然トシテ入ルヲ二於其
ノ中ニ一。
學者當ニシ 下亦以
テ二滛聲美色ヲ一待ツ上レ之
ヲ。
泰西之説、已有漸盛之機。其所謂窮理、足以驚人。昔者程子以佛氏之近理爲害、而今洋説之近理、甚於佛氏。且其所出奇技滛巧、導人奢侈、使人不覺駸駸然入於其中。學者當亦以滛聲美色待之。
泰西の説、已に漸く盛んなる之機有り。其の謂はゆる窮理は、以て人を驚かすに足る。昔者程子佛氏の理に近きを以て害と爲せしが、今の洋説の理に近きは、佛氏よりも甚だし。且つ其の出だす所の奇技滛巧、人を奢侈に導き、人をして駸駸然として其の中に入るを覺えざらしむ。學者當に亦滛聲美色を以て之を待つべし。
(
169)
窮理ノ二字、
原ト本ヅク二易傳ニ一。
和-二順シテ于
道コニ一、而
理メ二于
義ヲ一、
窮メレ理ヲ盡シレ性ヲ、以
テ至ル二于
命ニ一。
故ニ吾ガ儒ノ窮理ハ、
唯ダ理ムルノミ二於
義ヲ一而已。
義ハ在リ二於
我ニ一、窮理
モ亦在
リ二於我
ニ一。
若シ以テ二徇ヒレ外ニ逐フヲ一レ物ヲ爲サバ二窮理ト一、
恐ラクハ終ニ使メンモ三歐邏巴人ヲシテ賢ラ二於吾
ガ儒
ニ一可ナランカ乎。
窮理二字、原本易傳。和順于道コ、而理于義、窮理盡性、以至于命。故吾儒窮理、唯理於義而已。義在於我、窮理亦在於我。若以徇外逐物爲窮理。恐終使歐邏巴人賢於吾儒。可乎。
窮理の二字、原と易傳に本づく。道コに和順して、而義を理め、理を窮め性を盡し、以て命に至る。故に吾が儒の窮理は、唯だ義を理むるのみ。義は我に在り、窮理も亦我に在り。若し外に徇ひ物を逐ふを以て窮理と爲さば、恐らくは終に歐邏巴人をして吾が儒に賢らしめんも可ならんか。
(
170)
吾俯仰シテ而
觀-二察ス之
ヲ一。
日月昭然トシテ掲ゲレ明ヲ、
星辰燦然トシテ列ヌレ文ヲ。
春風和燠ニシテ宣ベレ化ヲ、
雨露ノ膏澤洽シレ物ニ。
霜雪ハ氣凜然トシテ肅シク、
雷霆ハ威嚇然トシテ震フ。
山嶽安靜ニシテ不
レ遷ラ、
河海弘量ニシテ能ク納ル。
谿壑深クシテ不
レ可カラレ測ル、
原野廣クシテ無
シレ所
レ隱ス。而
シテ元氣生生トシテ不
レ息マ、
斡-二旋ス於其
ノ間ニ一。
凡ソ此レ皆天地
ノ一大政事ニシテ、
所ルレ謂ハ天道ノ至ヘナリ。
風雨霜露、無
キレ非ザルレヘヘニ者、
人君最モ宜シクシ レ體スレ此ヲ。
吾俯仰而觀察之。日月昭然掲明、星辰燦然列文。春風和燠宣化、雨露膏澤洽物。霜雪氣凜然肅、雷霆威嚇然震。山嶽安靜不遷、河海弘量能納、谿壑深不可測。原野廣無所隱、而元氣生生不息、斡旋於其間。凡此皆天地一大政事、所謂天道至ヘ。風雨霜露、無非ヘ者、人君最宜體此。
吾俯仰して之を觀察す。日月昭然として明を掲げ、星辰燦然として文を列ぬ。春風和燠にして化を宣べ、雨露の膏澤物に洽し。霜雪は氣凜然として肅しく、雷霆は威嚇然として震ふ。山嶽安靜にして遷らず、河海弘量にして能く納る。谿壑深くして測るべからず、原野廣くして隱す所無し。而して元氣生生として息まず、其の間に斡旋す。凡そ此れ皆天地の一大政事にして、謂はゆる天道の至ヘなり。風雨霜露、ヘへに非ざる無き者、人君最も宜しく此を體すべし。
(
171)
天下
ノ之
體、以
テ二交易ヲ一而
立チ、天下
ノ之
務メ、以
テ二變易ヲ一而
行ハル。
天下之體、以交易而立、天下之務、以變易而行。
天下の體、交易を以て立ち、天下の務め、變易を以て行はる。
(
172)
吾觀ルニ二古今ノ人主ヲ一、
志ノ存スル二文治ニ一者
ハ必
ズ創業シ、不
ルレ忘
レ二武備ヲ一者
ハ能ク守成ス。
吾觀古今人主、志存文治者必創業、不忘武備者能守成。
吾古今の人主を觀るに、志の文治に存する者は必ず創業し、武備を忘れざる者は能く守成す。
(
173)
國家ノ於ケル二食貨ニ一、無
シ二遺策一。
連ネ二園田・
山林・
市廛ヲ一、無
ク三尺地ノ欠クコト二租入ヲ一、金銀銅、並
ビニゥキテレ署ヲ鑄出シ、不
レ知
ラ二日ニ幾萬計リナルヲ一。
而レドモ當今上下困弊シ、
財帑不
レ足ラ。
或ハ謂フ、
奢侈ノ所
ナリトレ致ス。
余ハ則チ謂フ、不
ト二特リ此レノミナラ一。
葢シ以
テ二治安日久シキヲ一、
貴賤ノ人口繁衍シ、
比スルニ二ゥヲ二百年前ニ一、
恐ラクハ不
ルコトヲ二翅ニ十數倍ノミナラ一。
衣-二食スル之ニ一者、
逐ヒテレ年ヲ増セドモレ多キヲ、
生ズルレ之ヲ者、不
レ給セ、
勢ヒ必
ズ至ル二於
此ニ一。
然ラバ則チ困弊スルコト如キモレ此クノ、
亦由ル二於治安
ノ之
久シキニ一。
是レ可キモレ賀ス、
非ズレ可
キニレ歎ズ。
但ダ有
ル二世道ノ之
責メ一者、不
レ可
カラ下徒ラニ諉セテ二ゥヲ時運ニ一、而不
ンバアル上レ慮ラ下所-二以ノ救フ一レ之
ヲ之
方ヲ上。
其ノ方
モ亦無
シ二別法ノ可
キ一レ設ク。
唯ダ不
レ過ギレ曰
フニ二食ラフレ之
ヲ者寡ク、
用ヰルレ之
ヲ者
舒カニ、
生ズルレ之
ヲ者
衆ク、爲スレ之
ヲ者
疾クスト一。
而シテ至
ルハ二於
制度一タビ立
チ、
上下守リレ之
ヲ、
措置得レ宜シキヲ、
士民信ズルニ一レ之
ヲ、
則チ葢シ存ス二乎
其ノ人
ニ一矣。
國家於食貨、無遺策。連園田・山林・市廛、無尺地欠租入、金銀銅、並ゥ署鑄出、不知日幾萬計。而當今上下困弊、財帑不足。或謂、奢侈所致。
余則謂、不特此。葢以治安日久、貴賤人口繁衍、比ゥ二百年前、恐不翅十數倍。衣食之者、逐年増多、生之者、不給、勢必至於此。然則困弊如此、亦由於治安之久。是可賀、非可歎。但有世道之責者、不可徒諉ゥ時運、而不慮所以救之之方。
其方亦無別法可設。唯不過曰食之者寡、用之者舒、生之者衆、爲之者疾。而至於制度一立、上下守之、措置得宜、士民信之、則葢存乎其人矣。
國家の食貨に於ける、遺策無し。園田・山林・市廛を連ね、尺地の租入を欠くこと無く、金銀銅、並びに署をゥきて鑄出し、日に幾萬計りなるを知らず。而れども當今上下困弊し、財帑足らず。或は謂ふ、奢侈の致す所なりと。
余は則ち謂ふ、特り此れのみならずと。葢し治安日久しきを以て、貴賤の人口繁衍し、ゥを二百年前に比するに、恐らくは翅に十數倍のみならざることを。之に衣食する者、年を逐ひて多きを増せども、之を生ずる者、給せず、勢ひ必ず此に至る。然らば則ち困弊すること此くのごときも、亦治安の久しきに由る。是れ賀すべきも、歎ずべきに非ず。但だ世道の責め有る者、徒らにゥを時運に諉せて、之を救ふ所以の方を慮らずんばあるべからず。
其の方も亦別法の設くべき無し。唯だ之を食らふ者寡く、之を用ゐる者舒かに、之を生ずる者衆く、之を爲す者疾くすと曰ふに過ぎず。而して制度一たび立ち、上下之を守り、措置宜しきを得、士民之を信ずるに至るは、則ち葢し其の人に存す。
(
174)
世ニ有ルモ二小人一、
亦理ナリ也。小人
ハ可ク二小知ス一、
不賢者ハ識ル二其
ノ小ナル者
ヲ一。
是レ亦
天地間不
レ可
カラレ無
カル二是ノ人
一。
或イハ謂フ、
堯舜ノ之
民、
比屋可
シトレ封ズ。
則チ過テルコト甚ダシ。
但ダ唐虞ノ之
世ハ、
雖モレ有
リト二小人
一、
皡皡トシテ自得シ、
各〻安ンゼシノミ二其
ノ分ニ一而已。
世有小人、亦理也。小人可小知、不賢者識其小者。是亦天地間不可無是人。或謂、堯舜之民、比屋可封。則過甚。但唐虞之世、雖有小人、皡皡自得、各安其分而已。
世に小人有るも、亦理なり。小人は小知すべく、不賢者は其の小なる者を識る。是れ亦天地間是の人無かるべからず。或いは謂ふ、堯舜の民、比屋封ずべしと。則ち過てること甚だし。但だ唐虞の世は、小人有りと雖も、皡皡として自得し、各〻其の分に安んぜしのみ。
(
175)
方ハ以
テレ類ヲ聚マリ、
物ハ以
テレ群ヲ分カル。
人君ハ以
テレ國ヲ爲スレ黨ヲ者ナリ也。
苟クモ不
ンバレ能ハレ然
ルコト、
下各〻自ラ相黨セン。
是レ必然ノ之
理ナリ也。
故ニ下有
ルハ二朋黨一、
君道ノ之
衰ヘタルナリ也、
亂ノ之
兆ナリ也。
方以類聚、物以群分。人君以國爲黨者也。苟不能然、下各自相黨。是必然之理也。故下有朋黨、君道之衰也、亂之兆也。
方は類を以て聚まり、物は群を以て分かる。人君は國を以て黨を爲す者なり。苟くも然ること能はずんば、下各〻自ら相黨せん。是れ必然の理なり。故に下朋黨有るは、君道の衰へたるなり、亂の兆なり。
(
176)
聰明睿知ニシテ、
能ク盡クス二其
ノ性ヲ一者
ハ、
君師ナリ也。
君ノ之
誥命ハ、
即チ師ノ之
ヘ訓ニシテ、
無シレ二也。
迨ビテ二世ノ之
下ルニ一、
君師判ル焉。
師道ノ之立
ツハ、
君道ノ衰ヘタルナリ也。
故ニ五倫ノ之
目、有
レドモ二君臣一而無
シ二師弟一。
非ズレ無
キニ二師弟
一。君臣
ハ即チ師弟
ニシテ、不
二必
ズシモ別ニ立
テ一レ目ヲ。
或ハ謂フハ三朋友ハ兼ヌト二師弟
ヲ一者、
悞レリ。
聰明睿知、能盡其性者、君師也。君之誥命、即師之ヘ訓、無二也。迨世之下、君師判焉。師道之立、君道衰也。故五倫之目、有君臣而無師弟。非無師弟。君臣即師弟、不必別立目。或謂朋友兼師弟者、悞。
聰明睿知にして、能く其の性を盡くす者は、君師なり。君の誥命は、即ち師のヘ訓にして、二無し。世の下るに迨びて、君師判る。師道の立つは、君道の衰へたるなり。故に五倫の目、君臣有れども師弟無し。師弟無きに非ず。君臣は即ち師弟にして、必ずしも別に目を立てず。或は朋友は師弟を兼ぬと謂ふは、悞れり。
(
177)
爲ムルレ邦ヲ之
道、不
レ出デ二於
ヘ・
養ノ二途ヲ一。ヘ
ハ乾道ナリ也、
父道ナリ也。養
ハ坤道ナリ也、
母道ナリ也。
爲邦之道、不出於ヘ・養二途。ヘ乾道也、父道也。養坤道也、母道也。
邦を爲むる之道、ヘ・養の二途を出でず。ヘは乾道なり、父道なり。養は坤道なり、母道なり。
(
178)
辨ジテ二虚實・
強弱ヲ一、
而ル後劑ヲ可シレ投ズ。知
ツテ二時世・
習俗ヲ一、而
ル後
政ヲ可
シレ施ス。
辨虚實・強弱、而後劑可投。知時世・習俗、而後政可施。
虚實・強弱を辨じて、而る後劑を投ずべし。時世・習俗を知つて、而る後政を施すべし。
(
179)
見
テ二一物ノ之
是非ヲ一、而不
レ問ハ二大體ノ之是非
ヲ一、
抅ツテ二一時ノ之
利害ニ一、而不
レ察セ二久遠ノ之利害
ヲ一。
爲スニレ政ヲ如ケレバレ此クノ、
國ハ危ウシ矣。
見一物之是非、而不問大體之是非、抅一時之利害、而不察久遠之利害。爲政如此、國危矣。
一物の是非を見て、大體の是非を問はず、一時の利害に抅つて、久遠の利害を察せず。政を爲すに此くのごとければ、國は危うし。
(
180)
人情ノ氣機ハ、不
レ可
カラ下以テ二一定ナルヲ一求ム上。
誘ヒテレ之
ヲ而
勸メ、
禁ジテレ之
ヲ而
遏ムルハ、
順ナリ也。
導キテレ之
ヲ而
反ツテ阻ミ、
抑ヘテレ之
ヲ而
益〻揚ガルハ、
逆ナリ也。
是ノ故ニ駕馭ノ之
道ハ、
當ニシ 己察シ二其
ノ向背ヲ一、
審カニシ二其
ノ輕重ヲ一、
因ツテレ勢ヒニ而
利-二導シ之
ヲ一、
應ジテレ機ニ而
激-二勵シ之
ヲ一、
使ム戊其
レヲシテ不
ラ丁自ラ覺エ丙其
ノ所-乙以ヲ然ル甲。
此レヲ之爲スレ得タリト。
人情氣機、不可以一定求。誘之而勸、禁之而遏、順也。導之而反阻、抑之而益揚、逆也。是故駕馭之道、當察其向背、審其輕重、因勢而利導之、應機而激勵之、使其不自覺其所以然。此之爲得。
人情の氣機は、一定なるを以て求むべからず。之を誘ひて勸め、之を禁じて遏むるは、順なり。之を導きて反つて阻み、之を抑へて益〻揚がるは、逆なり。是の故に駕馭の道は、當に其の向背を察し、其の輕重を審かにし、勢ひに因つて之を利導し、機に應じて之を激勵し、其れをして自ら其の然る所以を覺えざらしむべし。此れを之得たりと爲す。
(
181)
遇ヒテ二難キレ處シ之
事ニ一、不
レバレ得二妄リニ動
クコトヲ一、
須ラクシ 下候ヒテ二幾ノ至ルヲ一而
應ズ上レ之
ニ。
遇難處之事、不得妄動、須候幾至而應之。
處し難き之事に遇ひ、妄りに動くことを得ざれば、須らく幾の至るを候ひて之に應ずべし。
(
182)
處スルニレ事
ヲ雖モレ有
リトレ理、
而モ一點ノ便スルモノヲレ己ニ挾ムコト在レバ二其
ノ内ニ一、
則チ於テレ理
ニ即チ做シ二一點
ノ障碍ヲ一、理
モ亦不
レ暢ビ。
處事雖有理、而一點便己挾在其内、則於理即做一點障碍、理亦不暢。
事を處するに理有りと雖も、而も一點の己に便するものを挾むこと其の内に在れば、則ち理に於て即ち一點の障碍を做し、理も亦暢びず。
(
183)
ヘフルレ人
ヲ者、
要ハ須ラクシ レ責ム二其
ノ志ヲ一。
聒聒トシテ騰スルハレ口
ニ、無
シレ益也。
ヘ人者、要須責其志。聒聒騰口、無益也。
人をヘふる者、要は須らく其の志を責むべし。聒聒として口に騰するは、益無し。
(
184)
饒舌ノ之
時、
自ラ覺ユ二氣ノ暴フヲ一。暴
ヘバ斯チ餒ウ。
安ンゾ能ク動
カサンレ人
ヲ。
饒舌之時、自覺氣暴。暴斯餒。安能動人。
饒舌の時、自ら氣の暴ふを覺ゆ。暴へば斯ち餒う。安んぞ能く人を動かさん。
(
185)
愼ムレ言ヲ處ハ、
即チ愼
ムレ行ヒヲ處
ナリ。
愼言處、即愼行處。
言を愼む處は、即ち行ひを愼む處なり。
(
186)
昏睡シテ發スルハ二囈言ヲ一、
足ルレ見
ルニ二心
ノ之不
ルヲ一レ存セ。
昏睡發囈言、足見心之不存。
昏睡して囈言を發するは、心の存せざるを見るに足る。
(
187)
病ムレ狂ヲ人
ハ言語無
シレ序。
則チ言語無
キレ序者
ハ、其
ノ去ルヤレ病
メルヲレ狂
ヲ也不
レ遠カラ。
病狂人言語無序。則言語無序者、其去病狂也不遠。
狂を病む人は言語序無し。則ち言語序無き者は、其の狂を病めるを去るや遠からず。
(
188)
人
ハ最モ當ニシ レ愼ムレ口
ヲ。口
ノ之
職ハ、
兼ヌ二二
ツノ用ヲ一。
出ダシ二言語ヲ一、
納ルヽ二飲食ヲ一、
是レナリ也。不
ンバレ愼
マ二於言語
ヲ一、足
リ二以
テ速クニ一レ禍ヒヲ、不
ンバレ愼
マ二於飲食
ヲ一、足
ル二以
テ致スニ一レ病ヲ。
諺ニ云ク、禍
ヒハ自リレ口
出デ、病
ハ自
リレ口
入ルト。
人最當愼口。口之職、兼二用。出言語、納飲食、是也。不愼於言語、足以速禍、不愼於飲食、足以致病。諺云、禍自口出、病自口入。
人は最も當に口を愼むべし。口の職は、二つの用を兼ぬ。言語を出だし、飲食を納るゝ、是れなり。言語を愼まずんば、以て禍ひを速くに足り、飲食を愼まずんば、以て病を致すに足る。諺に云く、禍ひは口より出で、病は口より入ると。
(
189)
同ジウスレバ二此ノ軀殻ヲ一、
則チ同
ジウス二此
ノ情ヲ一。
聖賢モ亦與レ人同
ジキノミ耳。
故ニ其
ノ訓ニ曰
ク、
敖リヲ不
レ可
カラレ長ズ、
欲ニ不
トレ可
カラレ從フ。
敖欲モ亦是レ情
ノ種ナリ。
何ゾ必ズシモ斷-二滅セン之
ヲ一。
只ダ是レ不
シテレ可
カラレ長
ズ、不
ルノミレ可
カラレ從
フ而已。大學
ノ敖惰モ、人
ハ徃徃ニシテ疑ヘドモレ之
ヲ、
吾ハ不
レ謂ハレ然リト。
同此軀殻、則同此情。聖賢亦與人同耳。故其訓曰、敖不可長、欲不可從。敖欲亦是情種。何必斷滅之。只是不可長、不可從而已。大學敖惰、人徃徃疑之、吾不謂然。
此の軀殻を同じうすれば、則ち此の情を同じうす。聖賢も亦人と同じきのみ。故に其の訓に曰く、敖りを長ずべからず、欲に從ふべからずと。敖欲も亦是れ情の種なり。何ぞ必ずしも之を斷滅せん。只だ是れ長ずべからずして、從ふべからざるのみ。大學の敖惰も、人は徃徃にして之を疑へども、吾は然りと謂はず。
(
190)
枚乘曰ク、
欲セバ二人
ノ無
キヲ一レ聞
クコト、
莫クレ若クハレ勿キニレ言
フコト、欲
セバ二人
ノ無
キヲ一レ知
ルコト、莫
シトレ若
クハレ勿
キニレ爲スコト。
薛文靖ハ以
テ爲セドモ二名言ト一、
余ハ則チ以
テ爲
スレ未ダシト也。
凡ソ事
ハ當ニシ レ問
フ二其
ノ心
ノ何如ヲ一。心
苟クモ有
ラバレ物、
己雖モレ不
トレ言
ハ、人
將ニレ聞
カントレ之
ヲ、人雖
モレ不
トレ聞
カ、
鬼神將ニレ闞ントレ之
ヲ。
枚乘曰、欲人無聞、莫若勿言、欲人無知、莫若勿爲。薛文靖以爲名言、余則以爲未也。凡事當問其心何如。心苟有物、己雖不言、人將聞之、人雖不聞、鬼神將闞之。
枚乘曰く、人の聞くこと無きを欲せば、言ふこと勿きに若くは莫く、人の知ること無きを欲せば、爲すこと勿きに若くは莫しと。薛文靖は以て名言と爲せども、余は則ち以て未だしと爲す也。凡そ事は當に其の心の何如を問ふべし。心苟くも物有らば、己言はずと雖も、人將に之を聞かんとし、人聞かずと雖も、鬼神將に之を闞んとす。
(
191)
心
ハ猶ホシ レ火ノ。
着キテレ物
ニ爲シレ體ヲ、不
レバレ着
カ二於善
ニ一、則
チ着
ク二於
不善ニ一。
故ニ游藝ノ之
訓ヘ、不
シテ三特ダ導
クノミニアラ二ゥヲ善
ニ一、而
又所-三以ナリ防グ二不善
ヲ一也。
博奕ノ之
賢ルモ二乎
已ムニ一、
亦以
テナリレ此レヲ。
心猶火。着物爲體、不着於善、則着於不善。故游藝之訓、不特導ゥ善、而又所以防不善也。博奕之賢乎已、亦以此。
心は猶ほ火のごとし。物に着きて體を爲し、善に着かざれば、則ち不善に着く。故に游藝の訓へ、特だゥを善に導くのみにあらずして、又不善を防ぐ所以なり。博奕の已むに賢るも、亦此れを以てなり。
(
192)
理到ル之
言ハ、人不
レ得レ不
ルヲレ服セ。
然レドモ其
ノ言有
レバレ所
レ激スル、
則チ不
レ服
セ、有
レバレ所
レ強フル、則
チ不
レ服
セ、有
レバレ所
レ挾ム、則
チ不
レ服
セ、有
レバレ所
レ便スル、則
チ不
レ服
セ。
凡ソ理到
ルニ而モ人不
レバレ服
セ、
君子ハ必
ズ自ラ反ミル。我
先ヅ服
シテ、
而ル後人服
セバナリレ之ニ。
理到之言、人不得不服。然其言有所激、則不服、有所強、則不服、有所挾、則不服、有所便、則不服。凡理到而人不服、君子必自反。我先服、而後人服之。
理到る之言は、人服せざるを得ず。然れども其の言激する所有れば、則ち服せず、強ふる所有れば、則ち服せず、挾む所有れば、則ち服せず、便する所有れば、則ち服せず。凡そ理到るに而も人服せざれば、君子は必ず自ら反みる。我先づ服して、而る後人之に服せばなり。
(
193)
禹ハ聞
ケバ二善言ヲ一、
則チ拜ス。
中心感悦シテ、
自然ニ能ク如シレ此クノ。
拜ノ字、最
モ善ク状セリ。
猶ホシ レ言
フガ二膝ノ不
シテレ覺エ屈スト一。
禹聞善言、則拜。中心感悦、自然能如此。拜字、最善状。猶言膝不覺屈。
禹は善言を聞けば、則ち拜す。中心感悦して、自然に能く此くのごとし。拜の字、最も善く状せり。猶ほ膝の覺えずして屈すと言ふがごとし。
(
194)
人心ハ惟レ危ケレバ、
則チ堯舜ノ之心
モ、
即チ桀紂
ナリ矣。
道心ハ惟
レ微カナレバ、則
チ桀紂
ノ之心
モ、即
チ堯舜
ナリ矣。
人心惟危、則堯舜之心、即桀紂矣。道心惟微、則桀紂之心、即堯舜矣。
人心は惟れ危ければ、則ち堯舜の心も、即ち桀紂なり。道心は惟れ微かなれば、則ち桀紂の心も、即ち堯舜なり。
(
195)
水氣結ンデ爲ル二魚鼈ト一。魚鼈
ハ即チ水ナリ也。
而レドモ魚鼈
ハ不
三自ラ知
ラ二其
ノ爲ルヲ一レ水。
山氣結
ンデ爲
リ二禽獸ト一、爲
ル二草木ト一。禽獸・草木
ハ、即
チ山ナリ也。而
レドモ禽獸・草木
ハ不
三自
ラ知
ラ二其
ノ爲
ルヲ一レ山。
地氣ノ之
精英結
ンデ爲
ルレ人
ト。人
ハ即
チ地ナリ也。而
レドモ人
ハ不
三自
ラ知
ラ二其
ノ爲
ルヲ一レ地。
水氣結爲魚鼈。魚鼈即水也。而魚鼈不自知其爲水。山氣結爲禽獸、爲草木。禽獸・草木、即山也。而禽獸・草木不自知其爲山。地氣之精英結爲人。人即地也。而人不自知其爲地。
水氣結んで魚鼈と爲る。魚鼈は即ち水なり。而れども魚鼈は自ら其の水たるを知らず。山氣結んで禽獸と爲り、草木と爲る。禽獸・草木は、即ち山なり。而れども禽獸・草木は自ら其の山たるを知らず。地氣の精英結んで人と爲る。人は即ち地なり。而れども人は自ら其の地たるを知らず。
(
196)
人
ト與二萬物一、
畢竟不
レ能ハレ離ルヽコトレ地
ヲ。人
ト物
ト皆地
ナリ也。今
試ミニ且ク游バセ二心
ヲ六合ノ外ニ一、
以テ俯-二瞰セバ世界
ヲ一、
但ダ見
ルノミニテ三世界
ノ如キヲ二一彈丸・
黒子ノ一、
而モ人
ト物
トハ不
ランレ可カラレ見
ル。
於テレ是ニ思察ス、
此ノ中ニ有
リ二川海一、有
リ二山嶽一、有
リ二禽獸・
草木一、有
リ二人類一、
渾然トシテ成スヲ二此
ノ一彈丸
ヲ一。
着想到レバレ此ニ、
乃チ知
ル二人
ト物
トノ之
爲ルヲ一レ地。
人與萬物、畢竟不能離地。人物皆地也。今試且游心六合外、以俯瞰世界、但見世界如一彈丸・黒子、而人物不可見。於是思察、此中有川海、有山嶽、有禽獸・草木、有人類、渾然成此一彈丸。着想到此、乃知人物之爲地。
人と萬物と、畢竟地を離るゝこと能はず。人と物と皆地なり。今試みに且く心を六合の外に游ばせ、以て世界を俯瞰せば、但だ世界の一彈丸・黒子のごときを見るのみにて、而も人と物とは見るべからざらん。是に於て思察す、此の中に川海有り、山嶽有り、禽獸・草木有り、人類有り、渾然として此の一彈丸を成すを。着想此に到れば、乃ち人と物との地たるを知る。
(
197)
此ノ心ハ靈昭不昧、
衆理具リ、
萬事出ヅ。
果シテ何レ從リシテ而
得タルレ之ヲ。
吾ガ生マルヽ之
前、此
ノ心
放-二在セシ何レノ處ニ一。吾
ガ歿スル之
後、此
ノ心
歸-二宿セン何
レノ處
ニ一。
果シテ有
ルカ二生歿一歟、無
キ歟。着想
到レバレ此
ニ、
凜凜トシテ自ラタル、吾
ガ心
ハ即チ天
ナリ也。
此心靈昭不昧、衆理具、萬事出。果何從而得之。吾生之前、此心放在何處。吾歿之後、此心歸宿何處。果有生歿歟、無歟。着想到此、凜凜自タ、吾心即天也。
此の心は靈昭不昧、衆理具り、萬事出づ。果して何れよりして之を得たる。吾が生まるゝ之前、此の心何れの處に放在せし。吾が歿する之後、此の心何れの處に歸宿せん。果して生歿有るか、無きか。着想此に到れば、凜凜として自らタる、吾が心は即ち天なり。
(
198)
人
ノ所
ノレ受クル之
氣、其
ノ厚薄ノ分數ハ、
大抵相若ク。
如キ二軀ノ之
大小、
壽ノ之
脩短、
力ノ之
強弱、心
ノ之
智愚ノ一、無
シ二大ニ相遠ザカル者
一。
其ノ間ニ有
リ二一處受
クルレ厚
キヲ者
一、皆
謂フ二之
ヲ非常ナリト一。非常
ナルハ則チ姑ク置
クレ之
ヲ。
就キテハレ如キニ二常人ノ一、軀
ト與レ壽與
レノ力之分數
ハ、不
レ可
カラ二奈レ之
ヲ何トモス一。
獨リ至ツテハ二於心
ノ之智愚
ニ一、可
シ三以
テレ學ヲ而
變-二化ス之
ヲ一。
故ニ博ク學ビ、
審カニ問ヒ、
愼ミテ思ヒ、
明ラカニ辨ジ、
篤ク行フ、人
一タビ-二十タビスルニ之
ヲ一、
己ハ百タビ-二千タビスレバ之
ヲ一、
果シテ能クセン二此ノ道ヲ一矣。
雖モレ愚ナリト必
ズ明ニ、雖
モレ柔ナリト必
ズ強ニ、可
シ三以
テ漸ク進
ム二於非常
ノ之
域ニ一。
葢シ有
リ二此ノ理一矣。
但ダ常人ハ多ク遊惰ニシテ、不
レ能ハレ然スルコト。
豈ニ亦天
ノ有
ルカ二算籌一歟。
人所受之氣、其厚薄分數、大抵相若。如軀之大小、壽之脩短、力之強弱、心之智愚、無大相遠者。其間有一處受厚者、皆謂之非常。非常則姑置之。就如常人、軀與壽與力之分數、不可奈之何。獨至於心之智愚、可以學而變化之。
故博學、審問、愼思、明辨、篤行、人一十之、己百千之、果能此道矣。雖愚必明、雖柔必強、可以漸進於非常之域。葢有此理矣。但常人多遊惰、不能然。豈亦天有算籌歟。
人の受くる所の氣、其の厚薄の分數、大抵相若く。軀の大小、壽の脩短、力の強弱、心の智愚のごとき、大に相遠ざかる者無し。其の間に一處厚きを受くる者有り、皆之を非常なりと謂ふ。非常なるは則ち姑く之を置く。常人のごときに就きては、軀と壽と力との分數は、之を奈何ともすべからず。獨り心の智愚に至つては、學を以て之を變化すべし。
故に博く學び、審かに問ひ、愼みて思ひ、明らかに辨じ、篤く行ふ、人之を一たび十たびするに、己は之を百たび千たびすれば、果して此の道を能くせん。愚なりと雖も必ず明に、柔なりと雖も必ず強に、以て漸く非常の域に進むべし。葢し此の理有り。但だ常人は多く遊惰にして、然すること能はず。豈に亦天の算籌有るか。
(
199)
有
ルレ名之
父、其
ノ子ノ不
ルレ墜サ二家聲ヲ一者
鮮シ矣。
或ハ謂フ、
世人推-二尊シ其
ノ父
ヲ一、
因ツテ及ブ二其
ノ子
ニ一。
爲ルレ子
者、
長ジ二於
豢養ニ一、
且ツ有
リレ所
レ挾ム。
遂ニ養-二成ス傲惰ノ之
性ヲ一。
故ニ多
ク不肖ナリト。
固ニ非ズレ無
キニ二此
ノ理一。
而ルニ不
二獨リ此
レノミニアラ一。父
既ニ非常
ノ人
ナリ。
寧クンゾ不
ランヤ四慮ノ及バ三豫メ爲スニ二之
ガ防ギヲ一。
畢竟不
ルナリレ能ハレ反ミルコトレ之
ヲ。
葢シ亦有
ランレ數矣。
試ミニ思
ヘレ之
ヲ、
就キテレ如キニ二草木ノ一、
今年結實スルコト過グレバレ多キニ、
則チ明年必
ズ歉ズ。
人家乘除ノ之
數モ、
亦有
ラン二然ル者
一。
有名之父、其子不墜家聲者鮮矣。或謂、世人推尊其父、因及其子。爲子者、長於豢養、且有所挾。遂養成傲惰之性。故多不肖。固非無此理。而不獨此。父既非常人。寧不慮及豫爲之防。畢竟不能反之。葢亦有數矣。試思之、就如草木、今年結實過多、則明年必歉。人家乘除之數、亦有然者。
名有る父、其の子の家聲を墜さざる者鮮し。或は謂ふ、世人其の父を推尊し、因つて其の子に及ぶ。子たる者、豢養に長じ、且つ挾む所有り。遂に傲惰の性を養成す。故に多く不肖なりと。固に此の理無きに非ず。而るに獨り此れのみにあらず。父既に非常の人なり。寧くんぞ慮の豫め之が防ぎを爲すに及ばざらんや。畢竟之を反みること能はざるなり。葢し亦數有らん。試みに之を思へ、草木のごときに就きて、今年結實すること多きに過ぐれば、則ち明年必ず歉ず。人家乘除の數も、亦然る者有らん。
(
200)
人
罹レバ二烖患ニ一、
禱リ二鬼神ニ一以
テ禳フレ之
ヲ。
苟クモ以
テレ誠ヲ禱
ラバ、
或ハ可
シ二以
テ得一レ驗ヲ。
然レドモ猶ホ惑ヘルナリ也。
凡ソ天來ノ之
禍ハ、有
リテレ數、不
レ可
カラ二趨避ス一、又不
レ能ハ二趨避
スル一。鬼神
ノ之
力ハ、
縦ヒ能ク一時禳
フモレ之
ヲ、
而モ有
ルレ數之
禍ヒハ、
竟ニ不
レ能
ハレ免ルヽコト。天必
ズ以
テ二他
ノ禍
ヒヲ一博ムレ之
ヲ。
譬ヘバ如
シ三頭目ノ之
疾、
移スガ二ゥヲ腹背ニ一。
何ノ益カ之有
ラン。
故ニ君子ハ順ヒテ受
ク二其
ノ正ヲ一。
人罹烖患、禱鬼神以禳之。苟以誠禱、或可以得驗。然猶惑也。凡天來之禍aA有數、不可趨避、又不能趨避。鬼神之力、縦能一時禳之、而有數之禍、竟不能免。天必以他禍博之。譬如頭目之疾、移ゥ腹背。何益之有。故君子順受其正。
人烖患に罹れば、鬼神に禱り以て之を禳ふ。苟くも誠を以て禱らば、或は以て驗を得べし。然れども猶ほ惑へるなり。凡そ天來の禍bヘ、數有りて、趨避すべからず、又趨避する能はず。鬼神の力は、縦ひ能く一時之を禳ふも、而も數有る之禍ひは、竟に免るゝこと能はず。天必ず他の禍ひを以て之を博む。譬へば頭目の疾、ゥを腹背に移すがごとし。何の益か之有らん。故に君子は順ひて其の正を受く。
(本文はtaiju生作「漢文エディタ」原文よりHTMLに変換したものである。原文は後日利用の便を考えて、このファイルに含めてある。又、上下のコラムを連動させるスクリプトも入っている。)