言志録 (佐藤一齋) (5) 201−245/245章
 

言志録げんしろく

201)  吉凶きつきよう、以ヘバ、君子つねきつニシテ小人せうじんきようナリ。以ヘバ、有流行りうかう、有對待たいたいごとキハ盛衰せいすゐたがヒニいたルガ流行ナリ也。憂樂いうらく相耦あひぐうスルハ、是對待ナリ也。
吉凶、以理言之、君子常吉、小人常凶。以氣言之、有流行、有對待。如盛衰迭至、是流行也。憂樂相耦、是對待也。
吉凶は、理を以て之を言へば、君子は常に吉にして、小人は常に凶なり。氣を以て之を言へば、流行有り、對待有り。盛衰迭ひに至るがごときは、是れ流行なり。憂樂相耦するは、是れ對待なり。

202)  天下てんかうれあつマルハ一身いつしんあらザルカきよう乎。天下たのシミスルハ於一身、非ザルカきつ乎。クル天下之樂シミヲもの、必にんズレバ天下うれヘニすなは吉凶きつきようはたシテなんアルカさだマル歟。召公せうこういは、無かぎりまた疆惟うれフト
天下之憂、集於一身、非凶乎。天下之樂、歸於一身、非吉乎。享天下之樂者、必任天下之憂、則吉凶果何所定歟。召公云、無疆惟休、亦無疆惟恤。
天下の憂ひ、一身に集まるは、凶に非ざるか。天下の樂しみ、一身に歸するは、吉に非ざるか。天下の樂しみを享くる者、必ず天下の憂ヘに任ずれば、則ち吉凶果して何の定まる所あるか。召公云く、疆無く惟れ休く、亦疆無く惟れ恤ふと。

203)  けんもつつかさどルトハ良知りやうちナリ也。こんかんクストハ良能りやうのうナリ也。乾坤けんこんベラル太極たいきよくのういつナリ也。
乾以易知、良知也。坤以簡能、良能也。乾坤統於太極。知・能一也。
乾は易を以て知るとは、良知なり。坤は簡を以て能くすとは、良能なり。乾坤は太極に統べらる。知・能は一なり。

204)  看來みきたレバ宇宙内うちうない事、なんかつランあく。有過不及かふきふところすなはナリ。看來レバ、宇宙内事、曷ランぜん。無過不及處、即ナリ
看來、宇宙内事、曷嘗有惡。有過不及處、即是惡。看來、宇宙内事、曷嘗有善。無過不及處、即是善。
看來れば、宇宙内の事、曷ぞ嘗て惡有らん。過不及有る處、即ち是れ惡なり。看來れば、宇宙内の事、曷ぞ嘗て善有らん。過不及無き處、即ち是れ善なり。

205)  萬物ばんぶつ相待あひまチテよう、不あた相兼あひかヌルレモまたゆゑ-ナリ一體いつたい
萬物相待爲用、不能相兼。是亦其所以爲一體。
萬物は相待ちて用を爲し、相兼ぬる能はず。是れも亦其の一體を爲す所以なり。

206)  形質けいしつ相似あひにタル氣性きしやうまた相類あひるゐ。人物皆しか
形質相似者、氣性亦相類。人與物皆然。
形質相似たる者は、氣性も亦相類す。人と物と皆然り。

207)  さうほふあらキニ道理だうりしかレドモまどハスコトすくなカラゆゑ君子くんしルナリ也。荀卿じゆんけい非相ひさうげんいへど武斷ぶだんナリト、而また説破せつぱスルコト痛快つうくわいナリ
相法非没道理。然其惑人不尠。故君子不爲也。荀卿非相、言雖武斷、而亦説破痛快。
相の法道理没きに非ず。然れども其の人を惑はすこと尠からず。故に君子は爲さざるなり。荀卿の非相、言は武斷なりと雖も、亦説破すること痛快なり。

208)  雅樂ががく感召かんせうめういた百獸ひやくじうひきヰテ庶尹しよゐんまことやはラグニけだ使ヲシテ一レおぼムヲなんかつおもハンねむリヲごとキモていゑい滛哇いんあいナルガまた使ヲシテ手舞足踏ゆゑルノミみだルニ雅樂耳。すなは文侯ぶんこうキテ古樂こがくおそルヽハセンコトヲ者、おそラクハすであらザルヲ先王せんわう雅操がさう
雅樂感召之妙、至百獸率舞、庶尹允諧。葢使聽者不覺手舞足踏。何曾思睡。如鄭・衛滛哇、亦使人手舞足踏。故足以亂雅樂耳。乃知、魏文侯聽古樂、唯恐臥者、恐已非先王之雅操。
雅樂感召の妙は、百獸率ゐて舞ひ、庶尹允に諧らぐに至る。葢し聽く者をして足の踏むを覺えざらしむ。何ぞ曾て睡りを思はん。鄭・衛の滛哇なるがごときも、亦人をして手舞ひ足踏ましむ。故に以て雅樂を亂るに足るのみ。乃ち知る、魏の文侯の古樂を聽きて、唯だ臥せんことを恐るゝは、恐らくは已に先王の雅操に非ざるを。

209)  雅樂ががく秘訣ひけつ聲音せいおん節奏せつさうほか尋常じんじやう伶工れいこうもとヨリおよルニ大師たいしノミあるいケンともかたゆゑ孔子こうしこれ聖人せいじん天地萬物ばんぶつ一體いつたいゆゑがくまたおのヅカラ天地おなジウスながレヲ
春氣しゆんきはじメテいた、萬物カフえい。見これ翕如きふじよ暢茂ちやうも條達でうたつシテ大和たいくわこと〴〵あらハル。見純如じゆんじよ結實けつじつシテ條理でうり明整めいせいナリ。見t如けうじよはく-らくシテそとたい-よううち。見繹如えきじよけだめう、有ルコト四時しいじがつスルじよごとクノ夫子ふうしノミゆゑかたリテラス
ンバしか大師たいしすで大師ナリ矣。聲音せいおん節奏せつそうかれナレバ熟講じゆくかうスルいへど夫子ふうしいづクンゾさかしまをしエンヤ邪。
雅樂秘訣、在聲音・節奏之外。尋常伶工、固不及知。唯大師或可與語。故孔子語之。聖人以天地萬物爲一體。故其所作之樂、亦自與天地同流。
春氣始至、萬物向榮。見ゥ翕如。暢茂條達、大和畢呈。見ゥ純如。結實成形、條理明整。見ゥt如。剥落於外、胎孕於内。見ゥ繹如。葢其妙、有與四時合其序者、如是。唯夫子能知之。故語以洩其秘。
不然、大師既是大師矣。聲音・節奏、彼所熟講、雖夫子、烏能倒誨之邪。
雅樂の秘訣は、聲音・節奏の外に在り。尋常の伶工、固より知るに及ばず。唯だ大師のみ或は與に語るべけん。故に孔子之と語る。聖人は天地萬物を以て一體と爲す。故に其の作る所の樂も、亦自づから天地と流れを同じうす。
春氣始めて至り、萬物榮に向かふ。ゥを翕如に見る。暢茂條達して、大和畢く呈はる。ゥを純如に見る。結實して形を成し、條理明整なり。ゥをt如に見る。外に剥落して、内に胎孕す。ゥを繹如に見る。葢し其の妙、四時と其の序を合する者有ること、是くのごとし。唯だ夫子のみ能く之を知る。故に語りて以て其の秘を洩らす。
然らずんば、大師は既に是れ大師なり。聲音・節奏は、彼の熟講する所なれば、夫子と雖も、烏くんぞ能く倒に之に誨えんや。

210)  すべかラク いまスル時、親すなはナルコトヲ。親ぼつスルのち、吾ナレバすなはおのヅカラルヲみづかスル之心あい、以けいスル之心みづか
須知親在時、親身即吾身。親沒後、吾身即親身、則自不得不以自愛之心愛親、以敬親之心自敬。
須らく親の在する時、親の身は即ち吾が身なることを知るべし。親の沒する後、吾が身は即ち親の身なれば、則ち自づから自ら愛する之心を以て親を愛し、親を敬する之心を以て自ら敬せざるを得ず。

211)  われ靜夜せいやひとからだ一毛いちまう一髪いつぱつ一喘いちぜん一息いつそく、皆父母ふぼナリ也。一視いつし一聽いつちやう一寢いつしん一食いつしよく、皆父母ナリ也。すでルヲ父母、又知レバ之爲ルヲすなはシテグルニ祖曾高そそうかうキナリあらザルわれ也。ていシテグルニ孫曾玄そんそうげんキナリザル也。聖人せいじんしたシクス九族きうぞくコル念頭ねんたうところけだこゝ
吾靜夜獨思、吾軀一毛一髪、一喘一息、皆父母也。一視一聽、一寢一食、皆父母也。既知吾軀之爲父母、又知我子之爲吾軀、則推而上之、祖曾高無非我也。逓而下之、孫曾玄無非我也。聖人親九族。其起念頭處、葢在此。
吾靜夜獨り思ふ、吾が軀の一毛一髪、一喘一息、皆父母なり。一視一聽、一寢一食、皆父母なり。既に吾が軀の父母たるを知り、又我が子の吾が軀たるを知れば、則ち推して之を上ぐるに、祖曾高も我に非ざる無きなり。逓して之を下ぐるに、孫曾玄も我に非ざる無きなり。聖人は九族を親しくす。其の念頭に起こる處、葢し此に在り。

212)  體膚たいふ垢汚こうおくわシテ蟣蝨きしつ。不ルヲ刷除さつぢよ。又-ねんスルニまたルヲ皮毛ひまうすゑ一レしやうズルしのころスニ大人たいじん之心、以天地萬物ばんぶつ一體いつたい。其あはれけいつゝしムモばつすなは念頭ねんたう一般いつぱんナリ
體膚垢汚、化爲蟣蝨。不得不刷除。又思念此物亦爲吾皮毛之末所生、猶不忍殺。大人之心、以天地萬物爲一體。其恤刑愼罰、即是與此念頭一般。
體膚の垢汚、化して蟣蝨と爲る。刷除せざるを得ず。又此の物も亦吾が皮毛の末に生ずる所たるを思念するに、猶ほ殺すに忍びず。大人の心は、天地萬物を以て一體と爲す。其の刑を恤み罰を愼むも、即ち是れ此の念頭と一般なり。

213)  深夜しんやひと闇室あんしつ群動ぐんだう形影けいえいともほろおいこゝ反觀はんくわんスルニ方寸はうすんうちルヲ烱然けいぜんトシテおのヅカララスあたかごと一點いつてん燈火とうくわしよう-スルガ闇室みとタリまさ神光しんくわう靈昭れいせう本體ほんたいニシテ性命せいめいすなは物、道コだうとくナルヲいたルモ中和ちゆうくわ位育ゐいくまた光輝くわうきじゆう-そくスル宇宙うちうところナリ
深夜獨坐闇室。群動皆息、形影倶泯。於是反觀、但覺方寸内有烱然自照者。恰如一點燈火照破闇室。認得、此正是我神光靈昭本體、性命即此物、道コ即此物。至於中和位育、亦只是此物光輝充塞宇宙處。
深夜獨り闇室に坐す。群動皆息み、形影倶に泯ぶ。是に於て反觀するに、但だ方寸の内烱然として自づから照らす者有るを覺ゆ。恰も一點の燈火の闇室を照破するがごとし。認め得たり、此れ正に是れ我が神光靈昭の本體にして、性命は即ち此の物、道コも即ち此の物なるを。中和位育に至るも、亦只だ是れ此の物の光輝の宇宙に充塞する處なり。

214)  孝子かうしすなは忠臣ちゆうしんナリ賢相けんしやう、即良將りやうしやうナリ
孝子、即忠臣。賢相、即良將。
孝子は、即ち忠臣なり。賢相は、即ち良將なり。

215)  つかヘテきみルハちゆうナラあらザルナリかう也。戰陳せんぢんキハゆう、非ザルナリ也。曾子そうし孝子かうしナリげんごとクノちゆうかうふたつながまつたクセ世俗せぞくけんナリ也。
事君不忠、非孝也。戰陳無勇、非孝也。曾子孝子。其言如此。彼謂忠・孝不兩全者、世俗之見也。
君に事へて忠ならざるは、孝に非ざるなり。戰陳に勇無きは、孝に非ざるなり。曾子は孝子なり。其の言此くのごとし。彼の忠・孝は兩ら全くせずと謂ふ者は、世俗の見なり。

216)  にんいま-病根びやうこん克伐こくばつ怨欲ゑんよくおこなものナリ也。張公藝ちやうこうげいしよセシハひやく忍字にんじおそラクハ俗見ぞくけんナラン
忍字、未拔去病根。所謂克伐怨欲不行者也。張公藝書百忍字、恐俗見。
忍の字、未だ病根を拔き去らず。謂はゆる克伐怨欲の行はざる者なり。張公藝の百の忍字を書せしは、恐らくは俗見ならん。

217)  こゝろうへルハやいばにんナリ。忍あら字面じづらリテスハ喫緊きつきん寧耐ねいたいナリ也。えうスルニまたいたレル
心上有刃、忍。忍字、非好字面。但借做喫緊寧耐可也。要亦非道之至者。
心の上に刃有るは、忍なり。忍の字は、好き字面に非ず。但だ借りて喫緊寧耐と做すは可なり。要するに亦道の至れる者に非ず。

218)  おほケレバ一物いちぶつすなは一事いちじ。多ケレバ一事、斯一累いちるゐ
多一物、斯多一事。多一事、斯多一累。
一物多ければ、斯ち一事多し。一事多ければ、斯ち一累多し。

219)  衆人しゆうじんかう君子くんしあるい不幸ふかう。君子、衆人かへツテ不幸
衆人以爲幸者、君子或以爲不幸。君子以爲幸者、衆人却以爲不幸。
衆人の以て幸と爲す者は、君子或は以て不幸と爲す。君子の以て幸と爲す者は、衆人却つて以て不幸と爲す。

220)  私欲しよくカラ公欲こうよくカラカル。無ケレバ公欲、則あはレム。有レバ私欲、則めぐ
私欲不可有。公欲不可無。無公欲、則不能恕人。有私欲、則不能仁物。
私欲有るべからず。公欲無かるべからず。公欲無ければ、則ち人を恕れむ能はず。私欲有れば、則ち物を仁む能はず。

221)  リテたみげき、因よくおもむカシメバすなはち民忘レテせい、而いた一戰いつせんサン
因民義以激之、因民欲以趨之、則民忘其生、而致其死。是可以一戰。
民の義に因りて以て之を激し、民の欲に因り以て之を趨かしめば、則ち民其の生を忘れて、其の死を致さん。是れ以て一戰すべし。

222)  ぜんけいなつごと歴代れきだい姦雄かんゆう、有レバぬす一時いちじナルモまたこゝろざし。可キノおそいたリナリ
漸必成事、惠必懷人。如歴代姦雄、有竊其秘者、一時亦能遂志。可畏之至。
漸は必ず事を成し、惠は必ず人を懷く。歴代の姦雄のごとき、其の秘を竊む者有れば、一時なるも亦能く志を遂ぐ。畏るべきの至りなり。

223)  匿情とくじやう愼密しんみつ柔媚じうび恭順きようじゆん剛愎がうふく自信じしんゆゑ君子くんしにくナルもの
匿情似愼密、柔媚似恭順、剛愎似自信。故君子惡似而非者。
匿情は愼密に似、柔媚は恭順に似、剛愎は自信に似る。故に君子は似て非なる者を惡む。

224)  惻隱そくいん之心へんスレバたみあるいおぼレテあいおと羞惡しうお之心偏スレバ、民或みづかくびルヽ溝瀆こうとく辭讓じじやう之心偏スレバ、民或はしセテ風狂ふうきやうスル是非ぜひ之心偏スレバ、民或兄弟けいていせめかき父子ふし相訟あひうつたフルおよじやう之偏スルハいへど四端したんつひおちい不善ふぜんゆゑまなンデいた中和ちゆうくわキニ過不及くわふきふ復性ふくせいがく
惻隱之心偏、民或有溺愛殞身者。羞惡之心偏、民或有自經溝瀆者。辭讓之心偏、民或有奔亡風狂者。是非之心偏、民或有兄弟鬩牆、父子相訟者。凡情之偏、雖四端、遂陷不善。故學以致中和、歸於無過不及。謂之復性之學。
惻隱の心偏すれば、民或は愛に溺れて身を殞す者有り。羞惡の心偏すれば、民或は自ら溝瀆に經るゝ者有り。辭讓の心偏すれば、民或は奔り亡せて風狂する者有り。是非の心偏すれば、民或は兄弟牆に鬩ぎ、父子相訟ふる者有り。凡そ情の偏するは、四端と雖も、遂に不善に陷る。故に學んで以て中和を致し、過不及無きに歸す。之を復性の學と謂ふ。

225)  じやう本體ほんたいすなはせいナレバ也、すなはあく之本體、即ぜんナリ也。惡またカラせい
情之本體、即性也、則惡之本體、即善也。惡亦不可不謂之性。
情の本體は、即ち性なれば、則ち惡の本體は、即ち善なり。惡も亦之を性と謂はざるべからず。

226)  けいめうナルようところけんナリ。權さだマルたい、是けいナリ程子ていし一句せんズルトコロきはメテ妙。
經之妙於用處、是權。權之定於體處、是經。程子權只是經一句、詮極妙。
經の用に妙なる處は、是れ權なり。權の體に定まる處は、是れ經なり。程子の權は只だ是れ經の一句は、詮ずるところ極めて妙。

227)  賞罰しやうばつ輕重けいちようしかレドモ分數ぶんすう大略たいりやく十中じつちゆうしちしやうニシテ、十中さんばつナルガナリ也。
賞罰與世輕重。然其分數大略、十中七賞、十中三罰、可也。
賞罰は世と輕重す。然れども其の分數の大略は、十中の七は賞にして、十中の三は罰なるが、可なり。

228)  孟子まうしきふニシ先務せんむ、急ニスルヲ親賢しんけん堯舜げうしゆん仁智じんちこゝろミニけんスルニ二典にてんならビニ前半截ぜんはんせつニシ先務後半截こうはんせつ、是ニス親賢
孟子以急先務、急親賢、爲堯舜之仁智。試撿二典、並皆前半截、是急先務、後半截、是急親賢。
孟子先務を急にし、親賢を急にするを以て、堯舜の仁智と爲す。試みに二典を撿するに、並びに皆前半截は、是れ先務を急にし、後半截は、是れ親賢を急にす。

229)  堯舜げうしゆんうへ、善無クルムルそはハルヲげん畢竟ひつきやうかたキナリ也。必分量ぶんりやう一レいたしかのちハルヲ。不ンバしかなんラン窮極きゆうきよく
堯舜之上、善無盡。責備之言、畢竟難也。必先知其人分量所至、然後責備。不然寧有窮極。
堯舜の上、善盡くる無し。備はるを責むる之言は、畢竟難きなり。必ず先づ其の人の分量の至る所を知り、然る後備はるを責む。然らずんば寧ぞ窮極有らん。

230)  こんあつ。人まさ たいかなシミけいスルモまつリヲまたこう裏面りめん出來しゆつたい
坤厚載物。人當體之。哀喪敬祭、亦自一厚字裏面出來。
坤厚く物を載す。人當に之を體すべし。喪を哀しみ祭りを敬するも、亦一の厚の字の裏面より出來す。

231)  父母ふぼのこセル衣服いふく器玩きぐわん子孫しそんまさ あい-これ、以カルわすルヽコト追慕つゐぼけつシテだつシテおく。今喪家さうかぶん-ぞう遺物ゐぶつ漢土かんどまた輓近ばんきん孝布かうふ孝帛かうはくならビニ弊俗へいぞくナリ也。きん世宗せいそうしりぞそう遺物ゐぶつまたけん
父母遺衣服・器玩、爲子孫者、當愛護之、以無忘追慕。決無脱手贈人之理。今喪家分贈遺物。漢土亦輓近有孝布・孝帛。並弊俗也。金世宗却宋遺物、亦有見。
父母の遺せる衣服・器玩、子孫たる者は、當に之を愛護し、以て追慕を忘るゝこと無かるべし。決して手を脱して人に贈る之理無し。今喪家遺物を分贈す。漢土も亦輓近孝布・孝帛有り。並びに弊俗なり。金の世宗の宋の遺物を却く、亦見有り。

232)  けう-いくスルハ子弟していあら一家いつか私事しじつかフルきみ公事こうじナリ也。あらザレバフル之公事、是フルてん職分しよくぶんナリ也。
能ヘ育子弟、非一家之私事。是事君之公事也。非事君之公事、是事天之職分也。
能く子弟をヘ育するは、一家の私事に非ず。是れ君に事ふる之公事なり。君に事ふる之公事に非ざれば、是れ天に事ふる之職分なり。

233)  孔門こうもんがくもつぱ躬行きゆうかう門人もんじんもく、皆ゲテおのれ一レまさ たゞあらごとキニ後人こうじんリテけい叩問こうもんスルガゆゑ夫子ふうしこたフルモまた人人ひと〴〵ことナリ大抵たいていかたよレルヲすくへいながキヲおぎなみじかキヲもつセシムルノミこれせい而已。たとヘバ 良醫りやういたいシテやまひしよスルガ一レざいやまひ人人異ナリゆゑまた人人異ナリ懿子いし武伯ぶはく子游しいう子夏しかところおなジウシテ、而こたおの〳〵ルモジカラまたもつおも當時たうじがく
孔門之學、耑在躬行。門人問目、皆擧己所當爲質之。非如後人執經叩問。故夫子之答之、亦人人異。大抵皆矯偏救弊、裁長補短、以歸ゥ正而已。譬猶良醫對症處劑。症人人異。故劑亦人人異。懿子・武伯・子游・子夏、所問同、而答各不同、亦可以想當時之學。
孔門の學は、耑ら躬行に在り。門人の問ふ目、皆己の當に爲すべき所を擧げて之を質す。後人の經を執りて叩問するがごときに非ず。故に夫子の之に答ふるも、亦人人異なり。大抵皆偏れるを矯め弊を救ひ、長きを裁ち短きを補ひ、以てゥを正に歸せしむるのみ。譬へば猶ほ良醫の症に對して劑を處するがごとし。症は人人異なり。故に劑も亦人人異なり。懿子・武伯・子游・子夏、問ふ所同じうして、答へ各同じからざるも、亦以て當時の學を想ふべし。

234)  經書けいしよ文字もんじ、以文字ちゆう-あきらカニスルモナリ也。意味いみすなはまさ 透入とうにふシテ畢竟ひつきやうあたクル文字
經書文字、以文字注明之可也。意味則當以我心透入得之。畢竟不能着文字。
經書の文字は、文字を以て之を注し明かにするも可なり。意味は則ち當に我が心を以て透入して之を得べし。畢竟文字を着くる能はず。

235)  きはムルニハけいすべかラク かう-きよいん-しようスルヲ於此いたづラニキテ文字もんじうへ考據・引證すなはハヾムルコトとゞマレリト一レこゝすなはろうはなはダシ
窮經、須要考據於此心、引證於此心。如徒就文字上考據・引證、輙謂窮經止此、則陋甚。
經を窮むるには、須らく此の心に考據し、此の心に引證するを要すべし。如し徒らに文字の上に就きて考據・引證し、輙ち經を窮むること此に止まれりと謂はゞ、則ち陋も甚だし。

236)  きはムルハけい義理・文理湊合そうがふスルところいつしきだんゼバすなはタリト
窮經必有義理・文理湊合處。一以吾識斷之、斯爲得。
經を窮むるは必ず義理・文理湊合する處有り。一に吾が識を以て之を斷ぜば、斯ち得たりと爲す。

237)  先儒せんじゆ經解けいかい謬誤びうご、不ルヲ訂正ていせいたゞすべかラク ルニムヲ。不まさカラ このねん
先儒經解謬誤、不得不訂正。但須出於不得已。不容有好異之念。
先儒の經解の謬誤は、訂正せざるを得ず。但し須らく已むを得ざるに出づべし。容に異を好む之念有るべからず。

238)  讀書とくしよほふまさ トス孟子まうし三言さんげんいは、以むかこゝろざし。曰、不こと〴〵クハしん一レしよ。曰ろんズト
讀書法當師孟子三言。曰、以意逆志。曰、不盡信書。曰、知人論世。
讀書の法は當に孟子の三言を師とすべし。曰く、意を以て志を逆ふ。曰く、盡くは書を信ぜず。曰く、人を知り世を論ずと。

239)  かうズルけいほふえう簡明かんめいナルヲ、不煩悉はんしつナルヲ。要平易へいいナルヲ、不艱奥かんあうナルヲすべかラクキヲ 使ヲシテ大意たいい分曉ぶんげうナルヲトス也。至リテハふかところすなは畢竟ひつきやうあら口舌こうぜつつくあるいさつ-しき子弟していクルやまひところしばらおよ餘意よいかはリテ聖賢せいけん口語こうご一二いちに箴砭しんぺん使ムルモレヲシテすこぶ一レ省悟せいごスルまたまゝごとキハ-ろう口舌縱横じゆうわう辨博べんぱく使ムルガヲシテおとがひわすつかレヲ、則あらズル本意ほんい
講經之法、要簡明、不要煩悉。要平易、不要艱奥。只須使聽者得大意分曉可也。至深意處、則畢竟非口舌所能盡。但或察識子弟受病處、間及餘意、替聖賢口語、一二箴砭、使其頗有所省悟、亦儘好。若夫簸弄口舌、縱横辨博、使聽者解頤忘疲、則非講經本意。
經を講ずる之法は、簡明なるを要し、煩悉なるを要せず。平易なるを要し、艱奥なるを要せず。只だ須らく聽く者をして大意の分曉なるを得しむべきを可とす。深き意の處に至りては、則ち畢竟口舌の能く盡す所に非ず。但だ或は子弟の病を受くる處を察識し、間く餘意に及び、聖賢の口語に替りて、一二箴砭し、其れをして頗る省悟する所有らしむるも、亦儘好し。夫の口舌を簸弄し、縱横に辨博し、聽く者をして頤を解き疲れを忘れしむるがごときは、則ち經を講ずる本意に非ず。

240)  不定ふていニシテさだマル无妄むばう宇宙うちうかんリテくわつ道理だうり充塞じゆうそく焉。萬物ばんぶつこれもつせいものしたがフナリ无妄むばう也。
不定而定、謂之无妄。宇宙間、唯有此活道理充塞焉。萬物得此、以成其性。所謂物與无妄也。
不定にして定まる、之を无妄と謂ふ。宇宙の間、唯だ此の活道理有りて充塞す。萬物此を得て、以て其の性を成す。謂はゆる物无妄に與ふなり。

241)  ものもとヨリくわつナリ也、こと亦活ナリ也。せいヨリナリ也、亦活ナリ也。
物固活也、事亦活也。生固活也、死亦活也。
物は固より活なり、事も亦活なり。生は固より活なり、死も亦活なり。

242)  天定てんていすう、不あた移動いどうスルゆゑ人生じんせい徃徃わう〳〵ニシテウテ期望きばうスル、而おもむ一レ期望吾人ごじんこゝろミニはん-セバ過去くわこ履歴りれき
天定之數、不能移動。故人生徃徃負其所期望、而趨其所不期望。吾人試反顧過去履歴可知。
天定の數は、移動する能はず。故に人生徃徃にして其の期望する所を負うて、而も其の期望せざる所に趨く。吾人試みに過去の履歴を反顧せば知るべし。

243)  君子くんし、有小人せうじんたがヒニあひ消長せうちやうスルものすうナリ也。數ゆゑ-一レルヲしかすなはナリ也。理はか之理、有カラ之理えうスルニ一理いちりナリ也。人まさ やすンジ於可之理、以於不カラ之理ナリ也。即めいナリ也。
世有君子、有小人。其迭相消長者、數也。數之所以不得不然者、即理也。理有可測之理、有不可測之理。要之皆一理也。人當安於可測之理、以俟於不可測之理。是人道也。即天命也。
世に君子有り、小人有り。其の迭ひに相消長する者は、數なり。數の然らざるを得ざる所以の者は、即ち理なり。理に測るべき之理有り、測るべからざる之理有り。之を要するに皆一理なり。人は當に測るべき之理に安んじ、以て測るべからざる之理を俟つべし。是れ人の道なり。即ち天の命なり。

244)  およスニまさ つくシテ於人まかてん焉。有人、平生へいぜい放懶はうらん怠惰たいだニシテすなは人力じんりよく徒勞とらうニシテえきすうまかスト天來てんらいすなはことけだ人、天うばヒテたましひ使しか畢竟ひつきやうまたナリ也。有人、平生敬愼けいしん勉力べんりよくニシテすなは人理じんりカラつく、數ツト天定てんていすなは事必。葢人、天みちびキテちゆう使。畢竟亦數ナリ也。
又有つくシテひとしかことクシテしかいま いたものナリ。數至レバ。不シテ於人たまた。是シテカラ、而すでナリつひニハまたいたやぶルヽヲえうスルニすうナリ也。成敗せいはいルモシテおいテセ而於テスル子孫またナリ也。
凡作事、當盡於人而聽於天焉。有人、平生放懶怠惰、輙謂、人力徒勞無益、數諉於天來。則事必不成。葢是人、天奪之魄使然。畢竟亦數也。有人、平生敬愼勉力、乃謂、人理不可不盡、數俟於天定。則事必成。葢是人、天誘之衷使然。畢竟亦數也。
又有盡於人而事不成。是理可成、而數未至者。數至則成。不盡於人而事偶成。是理不可成、而數已至者。終亦必致敗。要之皆數也。成敗有不於其身而於其子孫者、亦數也。
凡そ事を作すに、當に人を盡して天に聽すべし。人有り、平生放懶怠惰にして、輙ち謂ふ、人力は徒勞にして益無し、數は天來に諉すと。則ち事必ず成らず。葢し是の人、天之が魄を奪ひて然らしむ。畢竟亦數なり。人有り、平生敬愼勉力にして、乃ち謂ふ、人理は盡さざるべからず、數は天定に俟つと。則ち事必ず成る。葢し是の人、天之が衷を誘きて然らしむ。畢竟亦數なり。
又人を盡して而も事成らざる有り。是れ理は成るべくして、而も數未だ至らざる者なり。數至れば則ち成る。人を盡さずして而も事偶ま成る。是れ理は成るべからずして、而も數已に至る者なり。終には亦必ず敗るゝを致す。之を要するに皆數なり。成敗其の身に於てせずして其の子孫に於てする者有るも、亦數なり。

245)  すうはじマツテいつ、而とをとを於一だいニシテ百千ひやくせん萬億まんおくせうニシテ分釐ふんり毫絲がうし、皆いつとをトノ分合ぶんがふシテ、以いたルナリ無窮むきゆう也。えきリシテ太極たいきよくコリいたツテ四象ししやう、而すうほゞそなは。以テナリ一二三四いちにさんしせきはじメテスヲ一レ也。
キテうちのぞケバ老陽位らうやうゐすなはあまリハナリゆゑ老陽すう。就キテ、除ケバ少陰位せういんゐ、則リハはつナリ。故少陰之數。就キテ、除ケバ少陽位せうやうゐさん、則リハしちナリ。故少陽之數。就キテ、除ケバ老陰位らういんゐ、則リハりくナリ。故老陰之數
またいたせきすなは五十五ごじうごこれ天地てんちすう。今こゝろミニくつ-しんシテ五指ごしかぞ大指だいしくつシテ食指しよくし中指ちゆうし無名指むめいし小指せうしふたゝ小指バシテ、六五、すなは十一。無名指、七四、即十一。中指、八三、即十一。食指、九二、即十一。大指、十一、即十一。ごと一指、皆十一ナリがつシテ五指、而セバ五十五、則天地之數ナリけだすでそなハレリ掌中しやうちゆう矣。
キテ天地すう、以五十ごじふめどぎきよニシテ、以卦位くわゐ。卦位六虚りくきよナリ。五一不。蓍もちヰル四十九しじふく。五十一有あまならビニ未定みていナリ也。あたぜいスル、蓍ニスけだリテルヲ一レ於不ルニ一レ感應かんおうナリ也。すなは退しりぞキテ四十九、而卦位すゝミテそな六虚、以六十四ろくじふし。數おいこゝさだマル矣。蓍とくゑんニシテしんナリゆゑニスくわ之コはうニシテナリ。故ニスもちもと一レ六。もつ吉凶きつきよう悔吝くわいりん之所一レおもむおよ數理すうりナリ也。不シテひとえきスノミナラ一レしかリトしかシテ萬物ばんぶつすうまた皆不これ
數始於一、而成於十。十復歸於一。大而百千萬億、小而分釐毫絲、皆一十之分合、以至無窮也。易自太極而起、至四象、而數略具。以其一二三四之積、始成十也。
就十中、除老陽位一、則餘九。故九爲老陽之數。就十中、除少陰位二、則餘八。故八爲少陰之數。就十中、除少陽位三、則餘七。故七爲少陽之數。就十中、除老陰位四、則餘六。故六爲老陰之數。
又自一至十之積、則成五十五。謂之天地之數。今試屈伸五指數之。先自大指屈爲一、食指爲二、中指爲三、無名指爲四、小指爲五。再自小指伸爲六、六與五、即十一。無名指爲七、七與四、即十一。中指爲八、八與三、即十一。食指爲九、九與二、即十一。大指爲十、十與一、即十一。毎一指、皆十一。合五指、而成五十五、則天地之數。葢既具於掌中矣。
又就天地之數、以其五十充蓍數、餘五虚之、以擬卦位。卦位六虚。五則一不足。蓍用四十九。五十則一有餘。並未定也。方筮時、蓍虚其一。葢去其有餘、歸之於不足。是感應之機也。乃蓍數退成四十九、而卦位進具六虚、以待於六十四。數於是定矣。蓍之コ、圓而神。故七其七。卦之コ、方以智。故八其八。用七求八、得九與六。以推吉凶悔吝之所趨。凡是數理之秘也。不獨易爲然、而萬物之數、亦皆不越於此。
數は一に始まつて、十に成る。十は復た一に歸す。大にして百千萬億、小にして分釐毫絲、皆一と十との分合して、以て無窮に至るなり。易は太極よりして起こり、四象に至つて、數略具る。其の一二三四の積、始めて十を成すを以てなり。
十の中に就きて、老陽位の一を除けば、則ち餘りは九なり。故に九を老陽の數と爲す。十の中に就きて、少陰位の二を除けば、則ち餘りは八なり。故に八を少陰の數と爲す。十の中に就きて、少陽位の三を除けば、則ち餘りは七なり。故に七を少陽の數と爲す。十の中に就きて、老陰位の四を除けば、則ち餘りは六なり。故に六を老陰の數と爲す。
又一より十に至る之積は、則ち五十五を成す。之を天地の數と謂ふ。今試みに五指を屈伸して之を數ふ。先づ大指より屈して一と爲し、食指を二と爲し、中指を三と爲し、無名指を四と爲し、小指を五と爲す。再び小指より伸ばして六と爲し、六と五とは、即ち十一。無名指を七と爲し、七と四とは、即ち十一。中指を八と爲し、八と三とは、即ち十一。食指を九と爲し、九と二とは、即ち十一。大指を十と爲し、十と一とは、即ち十一。一指毎に、皆十一なり。五指を合して、五十五を成せば、則ち天地の數なり。葢し既に掌中に具はれり。
又天地の數に就きて、其の五十を以て蓍の數に充て、餘の五は之を虚にして、以て卦位に擬す。卦位は六虚なり。五は則ち一足らず。蓍は四十九を用ゐる。五十は則ち一餘り有り。並びに未定なり。筮する時に方り、蓍は其の一を虚にす。葢し其の餘り有るを去りて、之を足らざるに歸す。是れ感應の機なり。乃ち蓍の數退きて四十九を成し、而して卦位進みて六虚を具へ、以て六十四を待つ。數是に於て定まる。蓍のコは、圓にして神なり。故に其の七を七にす。卦のコは、方にして以て智なり。故に其の八を八にす。七を用ゐ八を求め、九と六與を得。以て吉凶悔吝の趨く所を推す。凡そ是れ數理の秘なり。獨り易を然りと爲すのみならずして、而して萬物の數も、亦皆此に越えず。


文政ぶんせい癸未きび嘉平月かへいづき  福知山ふくちやま城主じやうしゆ源綱條みなもとのつなえだ校字かうじ
201
○ 君子常吉−君子は道理に従って動くはずのものであるから、天道に適わないということはありえない。
○ 理氣−理は宇宙の本体で、現象は気の働き。
○ 流行−絶えず移り変わること。
○ 對待−向かい合うこと。「季通云、理有流行、有對待。先有流行、後有對待。曰、難説先有後有。」(朱熹『朱子語類』)語類の例は「理」のこととしている。
○ 相耦−並ぶ、連れ立つ。

202
○ 享天下之樂者・・・−王者として天下の楽を集めた者が国家経営の大任を引きうけるという状況を指す。次の『書経』の例を参照。
○ 何所定歟−前章の「君子常吉」が「理」の次元であり、「吉凶不定」は「気」の次元であることを謂う。
○ 召公云・・・−殷の召公が洛邑に奠都した時の「誥」に君主の重責を述べた語。自分が天命を享けたことは、限りなくめでたいことであり、同時に限りなく心配なことでもあるという言葉。「惟王受命。無疆惟休、亦無疆惟恤。嗚呼、曷其奈何弗敬。」(『書経』召誥)。「休」は美、「恤」は憂の意。

203
○ 乾以易知・・・−「乾以易知、坤以簡能。」(『易経』繋辞上)
○ 良知・良能−「人之所不學而能者、其良能也。所不慮而知者、其良知也。」(『孟子』尽心上)。先験的な知と能。
○ 太極−宇宙の働きの根源。古く『易経』に用例がある。「太極只是天地萬物之理。在天地言、則天地中有太極。在萬物言、則萬物中各有太極。未有天地之先、畢竟是先有此理。」(朱熹『朱子語類』)

204
○ 曷嘗−どうして(いつ)〜ただろうか。
○ 過不及−「子曰、過猶不及。」(『論語』先進篇)

205
○ 相待−相対的な存在であること。悪があって善がある等。本来混沌未分のものであること。

206
○ 形質−形状や性質。

207
○ 相法−人相を見る流儀。
○ 没し−無し。
○ 荀卿非相−「相人之形状顏色、而知其吉凶妖祥、世俗稱之。古之人無有也、學者不道也。」(『荀子』非相篇)
○ 武斷−断定的な議論を展開する貌を謂う。

208
○ 感召−感動を喚び起こす。
○ 百獸率舞・・・−「百獸率舞、庶尹允諧。」(『書経』虞書「益稷」)
○ 庶尹−庶司の長官。
○ 諧ぐ−和らぐ、和する。
○ 不覺手舞足踏−「詩者志之所之也。在心爲志、發言爲詩。情動於中而形於言。言之不足、故嗟嘆之。嗟嘆之不足、故永歌之。永歌之不足、不知手之舞之、足之蹈之也。」(『毛詩大序』)
○ 鄭衛滛哇−鄭聲や衛曲のような淫らな音楽。「鄭・衛之音、亂世之音也、比於慢矣。桑間・濮上之音、亡國之音也。」(『礼記』楽記)
○ 魏文侯・・・−「魏文侯問於子夏曰、吾端冕而聽古樂、則唯恐臥。聽鄭衛之音則不知倦。敢問古樂之如彼、何也。新樂之如此、何也。」(『礼記』楽記)
○ 雅操−雅趣。「操」には琴の曲という意もある。

209
○ 伶工−楽人。〔比〕伶人は楽人・楽官・俳優。
○ 大師−音「タイシ」。楽官。古代の楽官の長。太師。
○ 孔子語之−「子語魯大師樂曰、樂其可知也。始作翕如也、從之純如也、t如也、繹如也、以成。」(『論語』八佾篇)
○ 翕如・・・−前注参照。翕如は息が合う貌、盛んな貌。純如は和らぐ貌。t如は翳りがなくはっきりとした貌。繹如は続いて絶えない貌。
○ 條達−枝が伸びる。
○ 大和−大なる調和。
○ 胎孕−はらむ。
○ 四時−四季。
○ 熟講−十分練習する、熟達する。

210
○ 不得不・・・自敬−「身者、親之遺體也。行親之遺體、敢不敬乎。」(『大戴礼記』曾子大孝)

211
○ 一喘−一息。気息。
○ 祖曾高−祖父・曾祖父・高祖父。
○ 逓して−次第に、だんだんに。
○ 孫曾玄−孫・曾孫・玄孫。
○ 聖人親九族−「克明俊コ、以親九族。九族既睦、平章百姓。百姓昭明、協和萬邦。」(『書経』虞書「堯典」)
○ 九族−高祖父から玄孫まで。その他の括りもある。

212
○ 蟣蝨−シラミ。
○ 刷除−払い除ける。
○ 大人−有徳者。
○ 念頭−思い、考え。
○ 一般−同様。

213
○ 反觀−内省する。
○ 方寸−心。
○ 烱然−明るく、きらりと。
○ 靈昭−「此心靈昭不昧。」197章)。不可思議な輝き。精神の作用を指す。
○ 性命−生命。天から与えられた賦性。
○ 中和位育−「喜怒哀樂之未發、謂之中。發而皆中節、謂之和。中也者天下之大本也、和也者天下之達道也。致中和、天地位焉、萬物育焉。」(『中庸』)。過不足のない性情が発達して、天地が安んじ、万物が生長する。中庸の徳が世に行き渡った状態。

215
○ 事君不忠・・・−「居處不莊、非孝也。事君不忠、非孝也。蒞官不敬、非孝也。朋友不信、非孝也。戰陳無勇、非孝也。」(『大戴礼記』曾子大孝)

216
○ 克伐怨欲−「克・伐・怨・欲不行焉、可以爲仁矣。子曰、可以爲難矣。仁則吾不知也。」(『論語』憲問篇)。「克」は人を凌ごうとすること、「伐」は誇る意。これを行わないだけでは、根本的な解決ではないという意。
○ 張工藝−張公藝。唐高宗が封禅の儀の帰途、壽張県に賢者を訪ね、高齢の張公藝に九族同居の秘訣を尋ねると、公藝は百の忍字を使った「百忍歌」を詠んで対えたという故事による。(『旧唐書』)

217
○ 喫緊−気を引き締めるべきこと。非常に大切なこと。肝要。
○ 寧耐−落ち着いて我慢すること。(129章参照。)

218
○ 多一累−面倒が一つ増える。

219
○ 公欲−社会をよくしたいと思う気持ち。
○ 恕−憐れむ、同情する。
○ 仁−慈しむ、恵む、恩徳・仁恵を施す。

222
○ 姦雄−悪知恵で覇権を握った者。
○ 秘−秘訣。善と惠を使いこなす術。

223
○ 似−「ごとし」と訓めるが、「似て非なる者」と訓みを合わせる。
○ 愼密−慎み深く手落ちがないこと。「君子慎密而不出也。」(『易経』繋辞上)
○ 剛愎−剛情、片意地。「愎」は悖(もと)る意。〔例〕 愎諫
○ 似而非者−「孔子曰、惡似而非者。惡莠、恐其亂苗也。惡佞、恐其亂義也。惡利口、恐其亂信也。惡鄭聲、恐其亂樂也。惡紫、恐其亂朱也。惡郷原、恐其亂コ也。」(『孟子』尽心下)

224
○ 惻隱−以下、「惻隠・羞悪・辞譲・是非」を仁義礼智に進む端緒であるとして孟子が「四端」と呼んだ人間的感情を指す。
○ 自經溝瀆−「豈若匹夫匹婦之爲諒也、自經溝瀆而莫之知也。」(『論語』憲問篇)
○ 風狂−狂うこと。
○ 兄弟鬩牆−「兄弟鬩于牆、外禦其務。(兄弟牆に鬩げども、外其の務〔あなど〕を禦ぐ。)」(『詩経』小雅「常棣」)身内で諍うこと。
○ 復性之學−本来の善性に復することを唱える宋学の教え。朱熹は「性即理」といい、さまざまな制約のもとにある「気質の性」を克服して本来の性に帰るべきであるとする「復性復帰」を唱えたという。

226
○ 妙於用處−運用上、優れているところ。
○ 權−權道。「權」は「仮りに、一時的に」「謀る」意で、臨機応変に運用する機略を謂う。
○ 定於體處−(運用の)本体となるもの。
○ 程子−程伊川(程頤)。「程子曰、漢儒以反經合道為權、故有權變權術之論、皆非也。權只是經也。自漢以下、無人識權字。」(朱熹『論語集註』
○ 詮−解き明かす。

227
○ 分數−割合。比率。

228
○ 孟子−「孟子曰、知者無不知也。當務之為急。仁者無不愛也。急親賢之為務。堯舜之知而不遍物、急先務也。堯舜之仁不遍愛人、急親賢也。」(『孟子』尽心上)
○ 親賢−賢者を近づけること。堯も舜も禅譲の候補を選ぼうとした。
○ 二典−『書経』虞書「堯典」と「舜典」を含む。今日、「舜典」は「堯典」の中に含まれている。
○ 前半截−内容を二つに断ち切った前半分。「堯典」の前半部は暦の制定などを述べ、後半部は舜を見出だすまでのことを記す。「舜典」では四方の巡狩(平定)、法律・刑罰・官職等の整備を述べ、後半部に禅譲と各官の後継者の選定のことを記す。

229
○ 無盡−限りない。
○ 責備−完璧を要求する。
○ 分量−才量・度量。
○ 寧有窮極−際限が無い。果てしがない。

230
○ 坤−大地。〔同〕 坤元。「至哉坤元。萬物資生。乃順承天。坤厚載物。」(『易経』坤卦彖伝)、「君子以厚コ載物。」(『易経』坤卦象伝)
○ 體す−主体的に実践する。
○ 裏面−内側、内面。

231
○ 器玩−(平素使用していた)道具。
○ 脱手−手放す。
○ 分贈−分与。形見分け。
○ 輓近−最近。この頃。
○ 孝布・孝帛−服喪の間に近親者に配る衣類をいうか。
○ 弊俗−良くない習わし。
○ 金世宗却宋遺物−「二月乙亥、還都。乙丑、宋遣使獻先帝遺留物。癸巳、宋使朝辭、以所獻禮物中玉器五・玻璃器二十・及弓劍之屬使還遺宋、曰、此皆爾國前主珍玩之物、所宜寶藏、以無忘追慕。今受之、義有不忍。歸告爾主、使知朕意也。」(『金史』巻八・世宗26年)。 ○ 見−見識。

232
○ 職分−職務、役割、本分。

233
○ 躬行−実践躬行。自ら実践すること。
○ 叩問−尋ねる、質問する。「叩」も問う意。
○ 夫子−先生。孔子を指す。
○ 救弊−間違っているところを改善する。
○ 裁長補短−人の長所をとって、自己の短所を補うこと。他に絶長補短(『孟子』、『史記』)、折長補短(『韓非子』)、断長補短(『礼記』)等。或は「截長補短」の形であったか。明治以来の欧化政策で「採長補短」が唱えられたのは、「截→裁→採」による置き換えだったかもしれない。「長」は「ちゃうず、たく」で、優れたところ、長所の意。
○ 孟懿子・・・−「孟懿子問孝。子曰、無違。」(『論語』為政篇〔5〕)、「孟武伯問孝。子曰、父母唯其疾之憂。」(同〔6〕)、「子游問孝。子曰、今之孝者、是謂能養。至於犬馬、皆能有養。不敬、何以別乎。」(同〔7〕)、「子夏問孝。子曰、色難。有事、弟子服其勞、有酒食、先生饌。曾是以爲孝乎。」(同〔8〕)

234
○ 着文字−別の文字をかぶせて理解する。

235
○ 輙ち−輙は輒の俗字。すぐさま、その度に。
○ 陋−見識が狭く、卑しいこと。浅はかで見苦しいこと。

236
○ 湊合−寄せ集まる。言葉の意味と文脈とが複雑に絡まり合う意。

237
○ 容に−当(まさ)に〜べし。

238
○ 孟子三言−「説詩者、不以文害辭、不以辭害志。以意逆志、是為得之。」(『孟子』万章上)。「盡信書、則不如無書。」(同・尽心下。「以友天下之善士為未足、又尚論古之人。頌其詩、讀其書、不知其人可乎。是以論其世也、是尚友也。」(同・万章下)。最後は「読書尚友」の出典。

239
○ 煩悉−くどくどと細かい。
○ 艱奥−深遠で難解なこと、晦渋。
○ 分曉−意味が明らかになる。
○ 察識−察する。
○ 受病−理解に苦しむ。誤って理解する。
○ 間く−暫く。「まま」と訓めば「時折」の意。
○ 及餘意−余談に移る。
○ 箴砭−ぐさりと戒める。「箴」「砭」は鍼灸に使う針。
○ 儘−まあ。
○ 簸弄−翻弄。人を好い調子に煽る。まくし立てる。
○ 辨博−弁舌を振るう。
○ 解頤−あごが外れるほど大笑いさせる。
○ 本意−本来の趣意。

240
○ 无妄−無妄。妄りにしない不変の理、至誠であるという。「天下雷行、物與无妄。先王以茂對時、育萬物。」(『易経』無妄卦・象伝)

241
○ 活−前章の活道理を承ける。類似の死生観は序章、136章・156章・161章等に見える。

242
○ 天定之數−天の定めた命数、運命。
○ 期望−こうしたいと望むこと、所期。

243
○ 消長−消滅と生長。栄枯盛衰。
○ 俟つ−自然に来るのを待つ。期待する。「君子居易以俟命。」(『中庸』)213章・224章を参照。

244
○ 盡於人而聽於天−人事を尽くして天命を俟つ。
○ 放懶−懶は音「ラン」。「ライ」とは別字だが、電子活字では区別されていない。勝手気儘で怠け者の意。
○ 輙ち−すぐさま。事毎に。
○ 諉す−任せる。
○ 天來−天から来るもの。成り行きの意。
○ 使然−そうならせる。
○ 勉力−努力すること。
○ 乃ち−そうしておいて。その上で。
○ 人理−人としてなすべきこと、道理。
○ 俟於天定−『中庸』の俟命(しめい)
○ 誘之衷−「誘」は「いざなふ・みちびく」。人の誠真を善に導くこと。誘衷(ゆうちゅう)。「天誘其衷。」(『春秋左氏伝』僖公二八年)
○ 致敗−失敗に帰する。
○ 成敗−成功と失敗。

245
○ 復歸一−上の桁の一になる。
○ 分釐毫絲−わずかな数量。「度之所起、起於忽。(略)十忽爲一絲、十絲爲一毫、十毫爲一釐、十釐爲一分、十分爲一寸、十寸爲一尺、十尺爲一丈、十丈爲一引。」(『孫子算経』)。「ブンリン」は慣用音。
○ 分合−一を分ければ十に、十を合せれば一になること。
○ 四象−「易有太極、是生兩儀、兩儀生四象、四象生八卦、八卦定吉凶、吉凶生大業。」(『易経』繋辞上)。一二四八と分かれて宇宙が生成してくる過程という。続く文に従えば、両儀は陰陽、四象は老陽・少陽・老陰・少陰となる。
○ 積−加算したもの。
○ 就十中除一餘九・・・−以下、易の算法の説明。
○ 大指・・・−大指は親指、食指は人差し指、無名指は薬指をいう。食指の語源は『春秋左氏伝』にあるという。
○ 蓍−占筮に使う竹。以下、占筮の方法を述べる。
○ 感應之機−天人感應の機会。「天地感而萬物化生、聖人感人心而天下和平。」(『易経』咸卦、彖伝)
○ 圓而神・方以智−「蓍之コ、圓而神。卦之コ、方以知。」(『易経』繋辞上)
○ 吉凶悔吝−「吉凶悔吝者、生乎動者也。剛柔者、立本者也。變通者、趣時者也。」(『易経』繋辞下)


○ 文政癸未嘉平月−文政六年(1823)十二月。嘉平は十二月の異名。
○ 源綱條−朽木(くつき)綱條。丹波福知山藩主。佐藤一齋に師事した。

(本文はtaiju生作「漢文エディタ」原文よりHTMLに変換したものである。原文は後日利用の便を考えて、このファイルに含めてある。又、上下のコラムを連動させるスクリプトも入っている。)