言志録
(
51)
社稷ノ之
臣ノ所
レ執ル二
ツアリ。
曰ク、
鎭定、曰
ク、
應ズレ機ニ。
社稷之臣所執二。曰、鎭定、曰、應機。
社稷の臣の執る所二つあり。曰く、鎭定、曰く、機に應ず。
(
52)
家翁今年齡八十有六、
側ラニ多
キレ人時
ハ、
神氣自ヅカラ能ク壯實ナレドモ、少
キレ人時
ハ、神氣
頓ニ衰脱ス。
余思
フ、子孫
男女ハ同體一氣ナレバ、其
ノ所
ノ二ョンデ以
テ安ンズル一者
固ヨリナリ也。不
二但ダ此レノミナラ一、
老人ハ氣乏シ。
得テ二人
ノ氣
ヲ一以
テ助クレ之
ヲ。
葢シ一時
氣體調和スルコト、
如キトレ服スル二温補藥味ヲ一一般ナリ。此
レ其
ノ所-二以ナリ愛
シテレ多
キヲレ人、而不
ル一レ愛
セレ少
キヲレ人。
因ツテ悟ル、
王制ニ八十
ハ非ザレバレ人
ニ不
トハレ煖ナラ、
葢シ謂フナリ下以
テ二人氣ヲ一煖ムルヲ上レ之
ヲ。
非ズ二膚嫗ノ之
謂ニ一。〔
癸酉臈月小寒ノ節ノ後五日録ス。〕
家翁今年齡八十有六、側多人時、神氣自能壯實、少人時、神氣頓衰脱。余思、子孫男女同體一氣、其所ョ以安者固也。不但此、老人氣乏。得人氣以助之。葢一時氣體調和、如服温補藥味一般。此其所以愛多人、而不愛少人。因悟、王制八十非人不煖、葢謂以人氣煖之。非膚嫗之謂。癸酉臈月小寒節後五日録。
家翁今年齡八十有六、側らに人多き時は、神氣自づから能く壯實なれども、人少き時は、神氣頓に衰脱す。余思ふ、子孫男女は同體一氣なれば、其のョんで以て安んずる所の者固よりなり。但だ此れのみならず、老人は氣乏し。人の氣を得て以て之を助く。葢し一時氣體調和すること、温補藥味を服する如きと一般なり。此れ其の人多きを愛して、人少きを愛せざる所以なり。因つて悟る、王制に八十は人に非ざれば煖ならずとは、葢し人氣を以て之を煖むるを謂ふなり。膚嫗の謂に非ず。〔癸酉臈月小寒の節の後五日録す。〕
(
53)
酒ハ穀氣ノ之
精ナリ也。
微シク飲
メバ可シ二以
テ養フ一レ生ヲ矣。
過飲スレバ至ル二於
狂酗ニ一。
是レ因リレ藥ニ發スルナリレ病ヲ也。
如キ二人葠・
附子・
巴豆・
大黄ノ之
類ノ一、多
ク服スレバレ之
ヲ、必
ズ致
ス二瞑眩ヲ一。飲
ミテレ酒
ヲ發
スルモレ狂ヲ、
亦猶ホシ レ此クノ。
酒穀氣之精也。微飲可以養生矣。過飲至於狂酗。是因藥發病也。如人葠・附子・巴豆・大黄之類、多服之、必致瞑眩。飲酒發狂、亦猶此。
酒は穀氣の精なり。微しく飲めば以て生を養ふべし。過飲すれば狂酗に至る。是れ藥に因り病を發するなり。人葠・附子・巴豆・大黄の類のごとき、多く之を服すれば、必ず瞑眩を致す。酒を飲みて狂を發するも、亦猶ほ此くのごとし。
(
54)
酒ノ之
用ニ有
リレ二
ツ。
鬼神ハ有
レドモレ氣無
シレ形。
故ニ以
テ二氣
ノ之
精ナル者
ヲ一聚ムレ之
ヲ。
老人ハ氣
衰フ。故
ニ亦以
テ二氣
ノ之精
ナル者
ヲ一養フレ之
ヲ。若
キ二少壯ニシテ氣
盛ンナル之人
ノ一、
祇ダ足ルノミ二以
テ致スニ一レ病ヲ已。
酒之用有二。鬼神有氣無形。故以氣之精者聚之。老人氣衰。故亦以氣之精者養之。若少壯氣盛之人、祇足以致病已。
酒の用に二つ有り。鬼神は氣有れども形無し。故に氣の精なる者を以て之を聚む。老人は氣衰ふ。故に亦氣の精なる者を以て之を養ふ。少壯にして氣盛んなる之人のごとき、祇だ以て病を致すに足るのみ。
(
55)
勤ノ之
反ヲ爲スレ惰ト。
儉ノ之反
ヲ爲
スレ奢ト。
余思フ、酒
能ク使メ二人
ヲシテ生ゼ一レ惰
ヲ、又使
ム二人
ヲシテ長ゼ一レ奢
ヲ。
勤儉可クンバ二以
テ興ス一レ家
ヲ、則
チ惰奢ハ足ル二以
テ亡ボスニ一レ家
ヲ。
葢シ酒
爲セバナリ二之
ガ媒ヲ一也。
勤之反爲惰。儉之反爲奢。余思、酒能使人生惰、又使人長奢。勤儉可以興家、則惰奢足以亡家。葢酒爲之媒也。
勤の反を惰と爲す。儉の反を奢と爲す。余思ふ、酒能く人をして惰を生ぜしめ、又人をして奢を長ぜしむ。勤儉以て家を興すべくんば、則ち惰奢は以て家を亡ぼすに足る。葢し酒之が媒を爲せばなり。
(
56)
培-二植シテ草木ヲ一、以
テ觀ル二元氣機緘ノ之
妙ヲ一。
何事カ非ザランレ學ニ。
培植草木、以觀元氣機緘之妙。何事非學。
草木を培植して、以て元氣機緘の妙を觀る。何事か學に非ざらん。
(
57)
登リ二山嶽ニ一、
渉リ二川海ヲ一、
走リ二數十百里ヲ一、
有リテカレ時乎
露宿シテ不
レ寐ネ、有
リテカレ時乎
饑ウレドモ不
レ食ハ、
寒ユレドモ不
レ衣。
此レハ是レ多少ノ實際ノ學問ナリ。
若キ二夫ノ徒爾ニ明窗淨几、
焚キレ香ヲ讀ムガ一レ書ヲ、
恐ラクハ少カラム二得ルレ力
ヲ處一。
登山嶽、渉川海、走數十百里、有時乎露宿不寐、有時乎饑不食、寒不衣。此是多少實際學問。若夫徒爾明窗淨几、焚香讀書、恐少得力處。
山嶽に登り、川海を渉り、數十百里を走り、時有りてか露宿して寐ねず、時有りてか饑うれども食はず、寒ゆれども衣ず。此れは是れ多少の實際の學問なり。夫の徒爾に明窗淨几、香を焚き書を讀むがごとき、恐らくは力を得る處少からむ。
(
58)
凡ソ所ノレ遭フ患難變故、
屈辱讒謗、
拂逆ノ之
事ハ、
皆天
ノ之所
-三以
ナリ老ケシムル二吾ガ才ヲ一。
莫シレ非ザル二砥礪切瑳ノ之
地ニ一。君子
ハ當ニシ レ慮ル三所-二以ヲ處スル一レ之
ニ。
欲スルハ二徒ラニ免レント一レ之
ヲ不可ナリ。
凡所遭患難變故、屈辱讒謗、拂逆之事、皆天之所以老吾才。莫非砥礪切瑳之地。君子當慮所以處之。欲徒免之不可。
凡そ遭ふ所の患難變故、屈辱讒謗、拂逆の事は、皆天の吾が才を老けしむる所以なり。砥礪切瑳の地に非ざる莫し。君子は當に之に處する所以を慮るべし。徒らに之を免れんと欲するは不可なり。
(
59)
古人ハ讀ミテレ經ヲ以
テ養ヒ二其
ノ心
ヲ一、
離レテレ經
ヲ以
テ辨フ二其
ノ志ヲ一。
則チ不
シテ二獨リ讀
ムヲレ經
ヲ爲スノミナラ一レ學ト、而
離ルヽモレ經
ヲ亦是レ學
ナリ。
古人讀經以養其心、離經以辨其志。則不獨讀經爲學、而離經亦是學。
古人は經を讀みて以て其の心を養ひ、經を離れて以て其の志を辨ふ。則ち獨り經を讀むを學と爲すのみならずして、而經を離るゝも亦是れ學なり。
(
60)
一藝ノ之
士ハ、皆
可シレ語グ。
一藝之士、皆可語。
一藝の士は、皆語ぐべし。
(
61)
凡ソ與レ人
語ルニ、
須ラクシ レヘム三渠ヲシテ説カ二其
ノ所
ヲ一レ長ズル。
於テレ我ニ有
リレu。
凡與人語、須ヘ渠説其所長。於我有u。
凡そ人と語るに、須らく渠をして其の長ずる所を説かしむべし。我に於てu有り。
(
62)
凡ソ事
於テハ二吾ガ分ノ不
ルレ得レ已ムコトヲ者
ニ一、
當ニシ 二爲シテレ之
ヲ不
ル一レ避ケ。可
クシテレ得レ已
ムコトヲ而不
レバレ已
メ、
是レ則チ自リレ我生ズルナリレ事
ヲ。
凡事於吾分不得已者、當爲之不避。可得已而不已、是則自我生事。
凡そ事吾が分の已むことを得ざる者に於ては、當に之を爲して避けざるべし。已むことを得べくして已めざれば、是れ則ち我より事を生ずるなり。
(
63)
才ハ猶ホシ レ劒ノ。
善ク用ヰバレ之
ヲ、
則チ足ル二以
テ衛ルニ一レ身
ヲ。不
レバ二善
ク用
ヰ一レ之
ヲ、則
チ足
ル二以
テ殺
スニ一レ身
ヲ。
才猶劒。善用之、則足以衛身。不善用之、則足以殺身。
才は猶ほ劒のごとし。善く之を用ゐば、則ち以て身を衛るに足る。善く之を用ゐざれば、則ち以て身を殺すに足る。
(
64)
古今爲ス二姦惡ヲ一之
小人ハ、皆
才過グレ人
ニ。
若キ二商辛ノ一最モ是レ非常ノ才子ナリ。
雖モレ有
リト二微・
箕・
比干ノゥ賢且ツ親一、不
レ能ハレ格ス二其
ノ心
ヲ一、又不
レ能
ハレ易フル二其
ノ位ヲ一、
終ニ以
テ斃シテ二其
ノ身
ヲ一、而
殄ツ二其
ノ世ヲ一。
是レ才
ノ之
可キモノナリレ畏ル也。
古今爲姦惡之小人、皆才過人。若商辛最是非常才子。雖有微・箕・比干ゥ賢且親、不能格其心、又不能易其位、終以斃其身、而殄其世。是才之可畏也。
古今姦惡を爲す之小人は、皆才人に過ぐ。商辛のごとき最も是れ非常の才子なり。微・箕・比干のゥ賢且つ親有りと雖も、其の心を格す能はず、又其の位を易ふる能はず、終に以て其の身を斃して、其の世を殄つ。是れ才の畏るべきものなり。
(
65)
辭スルハ二爵祿ヲ一易ク、不
ルハレ爲二小利ニ動
カサ一難シ。
辭爵祿易、不爲小利動難。
爵祿を辭するは易く、小利に動かされざるは難し。
(
66)
利ナル者
ハ、天下
公共ノ之
物ナレバ、
何ゾ曾テ有
ランレ惡。
但ダ自ラ專ラニスレバレ之
ヲ、則
チ爲ルノミ二取
ルレ怨ミヲ之
道ト一耳。
利者、天下公共之物、何曾有惡。但自專之、則爲取怨之道耳。
利なる者は、天下公共の物なれば、何ぞ曾て惡有らん。但だ自ら之を專らにすれば、則ち怨みを取る之道と爲るのみ。
(
67)
循ツテレ情ニ而
制シレ情
ヲ、
達シテレ欲ヲ而
遏ムレ欲
ヲ。
是レ禮ノ之
妙用ナリ。
循情而制情、達欲而遏欲。是禮之妙用。
情に循つて情を制し、欲を達して欲を遏む。是れ禮の妙用なり。
(
68)
治ムルトレ己ヲ與レ治
ムルレ人、
只ダ是レ一套事ナルノミ。
自ラ欺クト與
レ欺
クレ人
ヲ、
亦只
ダ是
レ一套事
ナルノミ。
治己與治人、只是一套事。自欺與欺人、亦只是一套事。
己を治むると人を治むると、只だ是れ一套事なるのみ。自ら欺くと人を欺くと、亦只だ是れ一套事なるのみ。
(
69)
凡ソ欲セバレ諫メントレ人
ヲ、
唯ダ有
ルノミ三一團ノ誠意ノ溢ルヽ二於
言ニ一而已。
苟クモ挾マバ二一忿疾ノ之心
ヲ一、諫
メ決シテ不
レ入ラ。
凡欲諫人、唯有一團誠意溢於言而已。苟挾一忿疾之心、諫決不入。
凡そ人を諫めんと欲せば、唯だ一團の誠意の言に溢るゝ有るのみ。苟くも一忿疾の心を挾まば、諫め決して入らず。
(
70)
聞
クレ諫メヲ者、
固ヨリ須ラクシ 二虚懷ナル一。進
ムルレ諫
メヲ者
モ、
亦須
ラクシ 二虚懷
ナル一。
聞諫者、固須虚懷。進諫者、亦須虚懷。
諫めを聞く者、固より須らく虚懷なるべし。諫めを進むる者も、亦須らく虚懷なるべし。
(
71)
使ムル三人
ヲシテ懽欣鼓舞シ、
暢-二發セ於
外ニ一者
ハ、
樂ナリ也。使
ムル三人
ヲシテ整肅收斂シ、
固-二守於
内ニ一者
ハ、
禮ナリ也。使
ムル三人
ヲシテ寓セ二懽欣鼓舞
ノ之意
ヲ於整肅收斂
ノ之
中ニ一者
ハ、
禮樂合一ノ之
玅ナリ也。
使人懽欣鼓舞、暢發於外者、樂也。使人整肅收斂、固守於内者、禮也。使人寓懽欣鼓舞之意於整肅收斂之中者、禮樂合一之玅也。
人をして懽欣鼓舞し、外に暢發せしむる者は、樂なり。人をして整肅收斂し、内に固守せしむる者は、禮なり。人をして懽欣鼓舞の意を整肅收斂の中に寓せしむる者は、禮樂合一の玅なり。
(
72)
古者方相氏爲スレ儺ヲ。
蒙リ二熊皮ヲ一、
黄金ノ四目、
玄衣朱裳、
執リレ戈ヲ揚ゲレ盾ヲ、
帥ヰテ二百隸ヲ一而
毆ルレ之ヲ。
郷人群然トシテ出デヽ觀ル。
葢シ制スルレ禮ヲ者有
リ二深意一焉。
伏陰愆陽、
結ンデ爲ス二疫氣ヲ一。
欲セバレ驅-二除セント之
ヲ一、
莫シレ若クハレ資ルニ二乎人
ノ純陽ノ之
氣ニ一也。方相
作シテレ氣
ヲ率先シ、百隸
從フレ之
ニ。
状ハ若ク二恠物ノ一然リ。
闔郷ノ老少、
雜遝シ聚マリ觀テ、
且ツ駭キ且
ツ咲フ。
於テレ是ニ陽氣四發シテ、疫氣
自ヅカラ能ク消散ス。
乃チ至ルモ二闔郷
ノ人心ニ一、
亦因リテ以テ懽然トシテ和暢シ、無
シ三復タ邪慝ノ之
伏-二鬱スルコト於
内ニ一矣。
葢シ其ノ近
キ二於
戲ニ一處、
是レ其ノ妙用ノ所
ナルカレ在ル歟。
古者方相氏爲儺。蒙熊皮、黄金四目、玄衣朱裳、執戈揚盾、帥百隸而毆之。郷人群然出觀。葢制禮者有深意焉。
伏陰愆陽、結爲疫氣。欲驅除之、莫若資乎人純陽之氣也。方相作氣率先、百隸從之。状若恠物然。闔郷老少、雜遝聚觀、且駭且咲。於是陽氣四發、疫氣自能消散。
乃至闔郷人心、亦因以懽然和暢、無復邪慝之伏鬱於内矣。葢其近於戲處、是其妙用所在歟。
古者方相氏儺を爲す。熊皮を蒙り、黄金の四目、玄衣朱裳、戈を執り盾を揚げ、百隸を帥ゐて之を毆る。郷人群然として出でゝ觀る。葢し禮を制する者深意有り。
伏陰愆陽、結んで疫氣を爲す。之を驅除せんと欲せば、人の純陽の氣に資るに若くは莫し。方相氣を作して率先し、百隸之に從ふ。状は恠物のごとく然り。闔郷の老少、雜遝し聚まり觀て、且つ駭き且つ咲ふ。是に於て陽氣四發して、疫氣自づから能く消散す。
乃ち闔郷の人心に至るも、亦因りて以て懽然として和暢し、復た邪慝の内に伏鬱すること無し。葢し其の戲に近き處、是れ其の妙用の在る所なるか。
(
73)
治安日久シケレバ、
樂事漸ク多
キハ、
勢ヒ然ルナリ也。勢
ヒノ之所
ハレ趨ク、
即チ天ナリ也。
如キ二士女聚マリ懽ビテ、
飲讌歌舞スルガ一、
在在有
リレ之。
固ヨリ不
レ可カラ二得テ而
禁止ス一。
而ルヲ乃チ強ヒテ禁ズレバレ之
ヲ、
則チ人氣抑鬱シテ、無
クレ所
二發洩スル一、必
ズ伏シテ爲リ二邪慝ト一、
藏レテ爲
リ二凶姦ト一、
或ハ結ンデ爲
ル二疾疢毒瘡ト一。其
ノ害殊ニ甚ダシ。
爲スレ政ヲ者
ハ但ダ當ニシ 下斟-二酌シ人情ヲ一、爲
シ二之ガ操縱ヲ一、
置キ二之
ヲ於
禁・
不禁ノ之
間ニ一、
使ム中其レヲシテ不
ラ上レ至ラ二於
過甚ニ一。
是レ亦赴クレ時ニ之政
ハ爲スレ然リト。
治安日久、樂事漸多、勢然也。勢之所趨、即天也。如士女聚懽、飲讌歌舞、在在有之。固不可得而禁止。
而乃強禁之、則人氣抑鬱、無所發洩、必伏爲邪慝、藏爲凶姦、或結爲疾疢毒瘡。其害殊甚。
爲政者但當斟酌人情、爲之操縱、置之於禁・不禁之間、使其不至於過甚。是亦赴時之政爲然。
治安日久しければ、樂事漸く多きは、勢ひ然るなり。勢ひの趨く所は、即ち天なり。士女聚まり懽びて、飲讌歌舞するがごとき、在在之有り。固より得て禁止すべからず。
而るを乃ち強ひて之を禁ずれば、則ち人氣抑鬱して、所發洩する無く、必ず伏して邪慝と爲り、藏れて凶姦と爲り、或は結んで疾疢毒瘡と爲る。其の害殊に甚だし。
政を爲す者は但だ當に人情を斟酌し、之が操縱を爲し、之を禁・不禁の間に置き、其れをして過甚に至らざらしむべし。是れ亦時に赴く之政は然りと爲す。
(
74)
人心ハ不
レ可カラレ無
カル二歡樂發揚スル處一。
故ニ王者出ヅレバレ世ニ必
ズ作シテレ樂ヲ以
テヘヘレ之
ヲ、
使ム二人心
ヲシテ有
リレ所
レ寄スル、
樂シンデ不
レ至ラレ滛ニ、
和ラギテ不
ラ一レ至
ラレ流ルヽニ。
風移リ俗易レドモ、
斯チ無
シ二邪慝一矣。
當今所
ノレ傳フル雅俗ノ樂部ハ、
雖モ三並ビニ無
シト二移シレ風ヲ易フルレ俗ヲ之
用一、而
士君子爲スモレ之
ヲ亦無
シ二不可ナルコト一。
至ツテハレ如キニ二坊間ノ詞曲ノ一、
多ク是レ滛哇巴歈、有
リテレ損無
シレu。
但ダ舍キテハレ此ヲ則チキ鄙ノ男女、無
シレ所
レ可キ二寄セテ以
テ歡樂發揚
ス一。
勢ヒ亦不
レ可カラレ繳-二停ス之
ヲ一。
譬フレバ二ゥヲ病ニ一、
發揚ハ表ナリ也、
抑鬱ハ裏ナリ也。
擊テバレ表
ヲ則チ入リレ裏
ニ、不
ルナリレ可
カラレ救フ也。不
レ若カ下姑ク緩クシ二其
ノ表
ヲ一、以
テ防グニ中内攻スルヲ上。
此レ爲スレ政ヲ者
ノ之所
ナリレ宜シクキ レ知
ル。
人心不可無歡樂發揚處。故王者出世必作樂以ヘ之、使人心有所寄、樂不至滛、和不至流。風移俗易、斯無邪慝矣。
當今所傳雅俗樂部、雖並無移風易俗之用、而士君子爲之亦無不可。至如坊間詞曲、多是滛哇巴歈、有損無u。但舍此則キ鄙男女、無所可寄以歡樂發揚。
勢亦不可繳停之。譬ゥ病、發揚表也、抑鬱裏也。擊表則入裏、不可救也。不若姑緩其表、以防内攻。此爲政者之所宜知。
人心は歡樂發揚する處無かるべからず。故に王者世に出づれば必ず樂を作して以て之をヘへ、人心をして寄する所有り、樂しんで滛に至らず、和らぎて流るゝに至らざらしむ。風移り俗易れども、斯ち邪慝無し。
當今傳ふる所の雅俗の樂部は、並びに風を移し俗を易ふる之用無しと雖も、士君子之を爲すも亦不可なること無し。坊間の詞曲のごときに至つては、多く是れ滛哇巴歈、損有りてu無し。但だ此を舍きては則ちキ鄙の男女、寄せて以て歡樂發揚すべき所無し。
勢ひ亦之を繳停すべからず。ゥを病に譬ふれば、發揚は表なり、抑鬱は裏なり。表を擊てば則ち裏に入り、救ふべからざるなり。姑く其の表を緩くし、以て内攻するを防ぐに若かず。此れ政を爲す者の宜しく知るべき所なり。
(
75)
人君當ニシ レ令ム三士人ヲシテ常
ニ遊
バ二射騎刀矟ノ之
技ニ一。
葢シ其
ノ進退驅逐、
坐作擊刺、
使ム二人
ノ心身ヲシテ大イニ有
ラ一レ所
二發揚スル一。
是レ不
二但ダ治ニ不
ルノミナラ一レ忘レレ亂ヲ、而
又於テ二政理ニ一有
リレ補ケ。
人君當令士人常遊射騎刀矟之技。葢其進退驅逐、坐作擊刺、使人心身大有所發揚。是不但治不忘亂、而又於政理有補。
人君當に士人をして常に射騎刀矟の技に遊ばしむべし。葢し其の進退驅逐、坐作擊刺、人の心身をして大いに發揚する所有らしむ。是れ但だ治に亂を忘れざるのみならず、又政理に於て補け有り。
(
76)
古樂ハ不
レ能ハレ不
ルレ亡ビ。
樂ハ其
レ始
マル二於
何レノ世
ニ一。
果シテ前ンズルカ二乎
聖人ニ一歟。
若シ有
リテレ待
ツコト二於聖人
ヲ一而
後ニ作リシナラバ、
則チ其
ノ人
既ニ亡クシテ、而其
ノ所
レ作ス安クンゾ能ク獨リ保タン二久遠ヲ一。聖人
ノコノ之
精英、
發シテ而
爲ルレ樂
ト。
乃チ被ラセ二之
ヲ管絃ニ一、
諧ヘ二之
ヲ簫磬ニ一、
使ムルハ二聽ク者
ヲシテ如クナラ一レ親-二炙スルガ之
ニ一、
則チ樂
ノ之
感召、以
テナリ三其
ノコ
ノ之
寓スルヲ二於
此ニ一也。
今去ルコトレ聖ヲ既ニ遠ク、
傳フルレ之
ヲ者
ハ非ズ二其
ノ人
ニ一。其
ノ漸ク致シ二差繆ヲ一、
遂ニ以
テ亡ビンモ、
亦理勢ノ之
必然ナリ。
韶ノ之
傳ハル二於
齊ニ一、孔子
深ク契フ二於
心ニ一。
然レドモ恐ラクハ已ニ非ザルヲ二當時ノ之
全キニ一。
但ダ其
ノ遺音ハ尚ホ足レドモ二以
テ感ゼシムルニ一レ人
ヲ、而
今亦遂ニ亡ベリ矣。
凡ソ天地間ノ事物、
生者ハ皆
死シ、
金鐵モ亦滅ス。
況ンヤ乎
寓スル二於
物ニ一者
ノ、
能ク保タンヤ二久遠
ヲ一乎。
故ニ曰ク、古樂
ハ不
トレ能
ハレ不
ルレ亡
ビ。
但ダ至リテハ下元聲太和ノ存スル二於天地
人心ニ一者
ニ上、
則チ前ンズルモ二乎聖人
ニ一、
後ルヽモ二乎聖人
ニ一、
未ダ三嘗テ有
ラ二始終スルコト一焉。
是レモ亦不
レ可
カラレ不
ルレ知
ラ。
古樂不能不亡。樂其始於何世。果前乎聖人歟。若有待於聖人而後作、則其人既亡、而其所作安能獨保久遠。聖人コ之精英、發而爲樂。乃被之管絃、諧之簫磬、使聽者如親炙之、則樂之感召、以其コ之寓於此也。
今去聖既遠、傳之者非其人。其漸致差繆、遂以亡、亦理勢之必然。韶之傳於齊、孔子深契於心。然恐已非當時之全。但其遺音尚足以感人、而今亦遂亡矣。
凡天地間事物、生者皆死、金鐵亦滅。況乎寓於物者、能保久遠乎。故曰、古樂不能不亡。但至元聲太和存於天地人心者、則前乎聖人、後乎聖人、未嘗有始終焉。是亦不可不知。
古樂は亡びざる能はず。樂は其れ何れの世に始まる。果して聖人に前んずるか。若し聖人を待つこと有りて後に作りしならば、則ち其の人既に亡くして、其の作す所安くんぞ能く獨り久遠を保たん。聖人のコの精英、發して樂と爲る。乃ち之を管絃に被らせ、之を簫磬に諧へ、聽く者をして之に親炙するがごとくならしむるは、則ち樂の感召、其のコの此に寓するを以てなり。
今聖を去ること既に遠く、之を傳ふる者は其の人に非ず。其の漸く差繆を致し、遂に以て亡びんも、亦理勢の必然なり。韶の齊に傳はる、孔子深く心に契ふ。然れども恐らくは已に當時の全きに非ざるを。但だ其の遺音は尚ほ以て人を感ぜしむるに足れども、今亦遂に亡べり。
凡そ天地間の事物、生者は皆死し、金鐵も亦滅す。況んや物に寓する者の、能く久遠を保たんや。故に曰く、古樂は亡びざる能はずと。但だ元聲太和の天地人心に存する者に至りては、則ち聖人に前んずるも、聖人に後るゝも、未だ嘗て始終すること有らず。是れも亦知らざるべからず。
(
77)
一氣息、
一笑語モ、皆
樂ナリ也。
一擧手、
一投足モ、皆
禮ナリ也。
一氣息、一笑語、皆樂也。一擧手、一投足、皆禮也。
一氣息、一笑語も、皆樂なり。一擧手、一投足も、皆禮なり。
(
78)
爲ムルニレ邦ヲ下スレ手
ヲ處ハ、
在リ二閫内ノ之
治ニ一。
禁ジ二滛靡ヲ一、
省クヲ二冗費ヲ一、
最モ爲ス二先務ト一。
爲邦下手處、在閫内之治。禁滛靡、省冗費、最爲先務。
邦を爲むるに手を下す處は、閫内の治に在り。滛靡を禁じ、冗費を省くを、最も先務と爲す。
(
80)
人君閨門ノ之
事、
其ノ好歹ハ、
外人能ク識ツテ而
竊カニ議スレ之
ヲ。
故ニ欲セバ下正シ二風俗ヲ一、
敦クセント中ヘ化ヲ上、必
ズ起コス二基ヲ於
此ニ一。
人君閨門之事、其好歹、外人能識而竊議之。故欲正風俗、敦ヘ化、必起基於此。
人君閨門の事、其の好歹は、外人能く識つて竊かに之を議す。故に風俗を正し、ヘ化を敦くせんと欲せば、必ず基を此に起こす。
(
81)
人主毎ニレ事私カニ自ラ令スレバ、
則チ少キ二威嚴ヲ一、
歴レバ二有司ヲ一、則
チ人
嚴-二憚ス之
ヲ一。
人主毎事私自令、則少威嚴、歴有司、則人嚴憚之。
人主事毎に私かに自ら令すれば、則ち威嚴を少き、有司を歴れば、則ち人之を嚴憚す。
(
82)
不
シテレ信ゼ二大臣ノ之
言ヲ一、而信
ジ二左右ノ之言
ヲ一、不
シテレ聽カ二男子ノ之言
ヲ一、而聽
ク二婦人ノ之言
ヲ一。
庸主ハ皆
然リ。
不信大臣之言、而信左右之言、不聽男子之言、而聽婦人之言。庸主皆然。
大臣の言を信ぜずして、左右の言を信じ、男子の言を聽かずして、婦人の言を聽く。庸主は皆然り。
(
83)
下情ハ與二下事一不
レ同ジカラ。
君タルレ人
ニ者、下情
ニハ不
レドモレ可
カラレ不
ルレ通ゼ、下事
ニハ則チ不
二必
ズシモ通
ゼ一。
下情與下事不同。君人者、下情不可不通、下事則不必通。
下情は下事と同じからず。人に君たる者、下情には通ぜざるべからざれども、下事には則ち必ずしも通ぜず。
(
84)
邦ニ有レバレ道、則
チ君
與二大臣
一讓ルレ權ヲ。權
ハ在リテ二於
コニ一、不
レ在
ラ二於
力ニ一。邦
ニ無
ケレバレ道、則
チ君與
二大臣
一爭フレ權
ヲ。權
ハ在
リテ二於力
ニ一、不
レ在
ラ二於コ
ニ一。權在
レバ二於コ
ニ一、則
チ權
ハ不
レ離レ二於
上ヲ一。權在
レバ二於力
ニ一、則
チ權
ハ遂ニ歸ス二於
下ニ一。
故ニ爲スハレ政ヲ、
唯ダ以
テスルヲ二コ・
禮ヲ一之
レ爲
スレ尚シト。
邦有道、則君與大臣讓權。權在於コ、不在於力。邦無道、則君與大臣爭權。權在於力、不在於コ。權在於コ、則權不離於上。權在於力、則權遂歸於下。故爲政、唯以コ・禮之爲尚。
邦に道有れば、則ち君大臣と權を讓る。權はコに在りて、力に在らず。邦に道無ければ、則ち君大臣と權を爭ふ。權は力に在りて、コに在らず。權コに在れば、則ち權は上を離れず。權力に在れば、則ち權は遂に下に歸す。故に政を爲すは、唯だコ・禮を以てするを之れ尚しと爲す。
(
85)
大臣ノ弄スルレ權ヲ之
風ハ、多
ク自リシテ二幼主一而
起コル。權
一タビ下ニ移レバ、不
レ可
カラ二復タ收ム一。
主年既ニ長ズレドモ、
仍ホ擁シ二虚器ヲ一、
沿襲シテ成セバレ風
ヲ、則
チ患ヘヲ遺ス二後昆ニ一矣。
但ダ大臣
ニ得レバ二其ノ人
ヲ一、
則チ獨リ無
キノミ二此ノ患
ヘ一耳。
大臣弄權之風、多自幼主而起。權一下移、不可復收。主年既長、仍擁虚器、沿襲成風、則患遺後昆矣。但大臣得其人、則獨無此患耳。
大臣の權を弄する之風は、多く幼主よりして起こる。權一たび下に移れば、復た收むべからず。主年既に長ずれども、仍ほ虚器を擁し、沿襲して風を成せば、則ち患へを後昆に遺す。但だ大臣に其の人を得れば、則ち獨り此の患へ無きのみ。
(
86)
當タル二托孤ノ之
任ニ一者、
迨ベバ二孤主年長ズルニ一、
則チ當ニシ 下早
ク還シ二權ヲ於
君ニ一、以
テ自ラ退避ス上。
乃チ能ク君臣兩ラ全カラン。
伊尹曰ク、
臣罔カレト下以
テ二寵利ヲ一居ルコト中成功ニ上。
是レ阿衡實踐ノ之
言ニシテ、
萬世大臣ノ之
龜鑑ナリ也。
當托孤之任者、迨孤主年長、則當早還權於君、以自退避。乃能君臣兩全。伊尹曰、臣罔以寵利居成功。是阿衡實踐之言、萬世大臣之龜鑑也。
托孤の任に當たる者、孤主年長ずるに迨べば、則ち當に早く權を君に還し、以て自ら退避すべし。乃ち能く君臣兩ら全からん。伊尹曰く、臣寵利を以て成功に居ること罔かれと。是れ阿衡實踐の言にして、萬世大臣の龜鑑なり。
(
87)
着眼高
ケレバ、
則チ見テレ理ヲ不
レ岐セ。
着眼高、則見理不岐。
着眼高ければ、則ち理を見て岐せず。
(
88)
當今ノ之
毀譽ハ不
レ足ラレ懼ルヽニ、
後世ノ之毀譽
ハ可
シレ懼
ル。
一身ノ之
得喪ハ不
レ足
ラレ慮ルニ、
子孫ノ之得喪
ハ可
シレ慮
ル。
當今之毀譽不足懼、後世之毀譽可懼。一身之得喪不足慮、子孫之得喪可慮。
當今の毀譽は懼るゝに足らず、後世の毀譽は懼るべし。一身の得喪は慮るに足らず、子孫の得喪は慮るべし。
(
89)
已ニ死スル之
物ハ、
爲リ二方ニ生クル之
用ト一、
既ニ過グル之
事ハ、爲
ル二將ニル レ來ラント之
鍳ト一。
已死之物、爲方生之用、既過之事、爲將來之鍳。
已に死する之物は、方に生くる之用と爲り、既に過ぐる之事は、將に來らんとする之鍳と爲る。
(
90)
人
ノ看ルハレ月
ヲ、皆
徒ラニ看
ルナリ也。
須ラクシ 三於テレ此ニ想フ二宇宙無窮ノ之
概ヲ一。
〔乙亥中秋、月下ニ録ス。〕
人看月、皆徒看也。須於此想宇宙無窮之概。〔乙亥中秋、月下録。〕
人の月を看るは、皆徒らに看るなり。須らく此に於て宇宙無窮の概を想ふべし。〔乙亥中秋、月下に録す。〕
(
91)
薄リテ二於不
ルニ一レ得レ已ムヲ、而
後發スル二ゥヲ外ニ一者
ハ、
花ナリ也。
薄於不得已、而後發ゥ外者、花也。
已むを得ざるに薄りて、後ゥを外に發する者は、花なり。
(
92)
布置得テレ宜シキヲ、而不
ルレ假ラ二安排ヲ一者
ハ、
山川ナリ也。
布置得宜、而不假安排者、山川也。
布置宜しきを得て、安排を假らざる者は、山川なり。
(
93)
人
ハ須ラクシ レ守ル二地道ヲ一。地道
ハ在ルノミ三敬順ニシテ承クルニ二乎
天ヲ一而已。
人須守地道。地道在敬順承乎天而已。
人は須らく地道を守るべし。地道は敬順にして天を承くるに在るのみ。
(
94)
耳目口鼻、
四肢百骸、
各〻守リ二其ノ職ヲ一、以
テ聽ク二乎
心ニ一、
是レ地ノ順フナリ二乎
天ニ一也。
耳目口鼻、四肢百骸、各守其職、以聽乎心、是地順乎天也。
耳目口鼻、四肢百骸、各〻其の職を守り、以て心に聽く、是れ地の天に順ふなり。
(
95)
使ムル三地ヲシテ能ク承ケ二乎
天ヲ一者
ハ、天
使ムルナリレ之
ヲ也。
使ムル三身ヲシテ能
ク順ハ二於
心ニ一者
ハ、心
使ムルナリレ之
ヲ也。
一ナリ也。
使地能承乎天者、天使之也。使身能順於心者、心使之也。一也。
地をして能く天を承けしむる者は、天之を使むるなり。身をして能く心に順はしむる者は、心之を使むるなり。一なり。
(
96)
擧グレバレ目ヲ百物皆有
リ二來處一。
軀殻ノ出ヅルモ二於
父母ニ一、
亦來處
ナリ也。
至リテハ二於
心ニ一、
則チ來處
何クニカ在ル。
余曰ク、軀殻
ハ是レ地氣ノ之
精英ニシテ、
由ツテ二父母
ニ一而
聚ムレ之
ヲ。心
ハ則
チ天
ナリ也。軀殻
成ツテ、而天
寓スレ焉ニ。天寓
シテ而
知覺生
ジ、天
離レテ而知覺
泯ク。心
ノ之來處
ハ、
乃チ太虚、
是レナルノミ已。
擧目百物皆有來處。軀殻出於父母、亦來處也。至於心、則來處何在。余曰、軀殻是地氣之精英、由父母而聚之。心則天也。軀殻成、而天寓焉。天寓而知覺生、天離而知覺泯。心之來處、乃太虚、是已。
目を擧ぐれば百物皆來處有り。軀殻の父母に出づるも、亦來處なり。心に至りては、則ち來處何くにか在る。余曰く、軀殻は是れ地氣の精英にして、父母に由つて之を聚む。心は則ち天なり。軀殻成つて、天焉に寓す。天寓して知覺生じ、天離れて知覺泯く。心の來處は、乃ち太虚、是れなるのみ。
(
97)
氣ハ有
リ二自然ノ之
形一、
結ビ-二成ス體質ヲ一。體質
ハ乃チ氣
ノ之
聚マリナリ也。氣
ハ人人ニ異ナリ。
故ニ體質
モ亦人人
ニ不
レ同ジカラ。
ゥ〻其
ノ所
二思惟運動、
言談作爲スル一、
各〻從ツテ二其
ノ氣ノ之所
ニ一レ稟クル而
發スレ之
ヲ。
余靜カニシテ而
察スルニレ之
ヲ、
小ハ則チ字畫工藝、
大ハ則
チ事業功名、其
ノ迹皆
如クシテ二其
ノ氣ノ之所
ノ一レ結ブ而
爲ス二之ガ形
ヲ一。人
ノ之
少長モ、
從リシテ二童稚ノ之
面貌一而
漸ク以
テ長ズ。
既ニ其
ノ長
ズルヤ也、
凡ソ發スル二迹ヲ於
外ニ一者、
推シテ二一氣ヲ一而
條-二達スルコト之
ヲ一、
如シ二體軀ノ之
長大ニシテ不
ルガ一レ已マ也。
故ニ觀ルモ下字畫工藝、
若クハ其ノ所
ノ二結搆スル一堂室園池ヲ上、
亦可シ三以
テ想-二見ス其
ノ人
ノ氣象何如ヲ一。
氣有自然之形、結成體質。體質乃氣之聚也。氣人人異。故體質亦人人不同。ゥ其所思惟運動、言談作爲、各從其氣之所稟而發之。
余靜而察之、小則字畫工藝、大則事業功名、其迹皆如其氣之所結而爲之形。人之少長、從童稚之面貌而漸以長。既其長也、凡發迹於外者、推一氣而條達之、如體軀之長大不已也。故觀字畫工藝、若其所結搆堂室園池、亦可以想見其人氣象何如。
氣は自然の形有り、體質を結び成す。體質は乃ち氣の聚まりなり。氣は人人に異なり。故に體質も亦人人に同じからず。ゥ〻其の思惟運動、言談作爲する所、各〻其の氣の稟くる所に從つて之を發す。
余靜かにして之を察するに、小は則ち字畫工藝、大は則ち事業功名、其の迹皆其の氣の結ぶ所のごとくして之が形を爲す。人の少長も、童稚の面貌よりして漸く以て長ず。既に其の長ずるや、凡そ迹を外に發する者、一氣を推して之を條達すること、體軀の長大にして已まざるがごとし。故に字畫工藝、若くは其の結搆する所の堂室園池を觀るも、亦以て其の人の氣象何如を想見すべし。
(
98)
性ハ同ジケレドモ而
質ハ異ナリ。質
ノ異
ナルハ、
ヘヘノ之所
ナリ二由リテ設クル一也。性
ノ同
ジキハ、ヘ
ヘノ之所
ナリ二由
リテ立
ツ一也。
性同而質異。質異、ヘ之所由設也。性同、ヘ之所由立也。
性は同じけれども質は異なり。質の異なるは、ヘへのよりて設くる所なり。性の同じきは、ヘへのよりて立つ所なり。
(
99)
人君ハ以テ二社稷ヲ一爲スレ重シト。
而レドモ人倫ハ殊ニ重
シ二於社稷
ヨリモ一。社稷
ハ可
クトモレ棄ツ、人倫
ハ不
レ可
カラレ棄
ツ。
人君以社稷爲重。而人倫殊重於社稷。社稷可棄、人倫不可棄。
人君は社稷を以て重しと爲す。而れども人倫は殊に社稷よりも重し。社稷は棄つべくとも、人倫は棄つべからず。
(
100)
或ハ疑フ、
成王・
周公ノ征スルハ二三監ヲ一、
非ズヤ下重
ンジ二社稷
ヲ一輕ンズルニ中人倫
ヲ上乎
ト。
余謂フ、不
レ然ラ。
三叔助
ケテ二武庚ヲ一以
テ叛ク。
是レハ則チ叛
キシナリ二於
文・武ニ一矣。
爲ル二成王・周公
一者、不
シテ下爲メニ二文・武
ノ一討カ中其
ノ罪ヲ上、而
故ラニ縱シテレ之
ヲ以
テ黨センヤ二其
ノ惡ニ一乎。
即チ仍ホ是レ重
ンジタルナリ二人倫
ヲ一矣
ト。
或疑、成王・周公征三監、非重社稷輕人倫乎。余謂、不然。三叔助武庚以叛。是則叛於文・武矣。爲成王・周公者、不爲文・武討其罪、而故縱之以黨其惡乎。即仍是重人倫矣。
或は疑ふ、成王・周公の三監を征するは、社稷を重んじ人倫を輕んずるに非ずやと。余謂ふ、然らず。三叔武庚を助けて以て叛く。是れは則ち文・武に叛きしなり。成王・周公たる者、文・武の爲めに其の罪を討かずして、故らに之を縱して以て其の惡に黨せんや。即ち仍ほ是れ人倫を重んじたるなりと。
(本文はtaiju生作「漢文エディタ」原文よりHTMLに変換したものである。原文は後日利用の便を考えて、このファイルに含めてある。又、上下のコラムを連動させるスクリプトも入っている。)