言志録
江都 一齋居士録ス
凡ソ天地
間ノ事、
古往今來、
陰陽晝夜、
日月代ル〳〵明ラカニ、
四時錯ハリ行キ、
其ノ數皆
前メ定
マル。
至ルマデ二於人
ノ富貴貧賤・
死生壽殀・
利害榮辱・
聚散離合ニ一、莫
シレ非ザル二一定ノ之
數ニ一。
殊ニ未ダルノミ 二之ヲ前メ知
ラ一耳。
譬ヘバ猶ホシ 二傀儡ノ之
戲ノ、
機關已ニ具シテ、
而モ觀ル者不
ルガ一レ知
ラ也。
世人不
レ悟ラ二其
ノ如キヲ一レ此ノ、
以テ爲シテ二己ノ之
知力足ルト一レ恃ムニ、而
終身役役トシテ、
東ニ索リ西
ニ求メテ、
遂ニ悴勞シテ以
テ斃ル。
斯レ亦惑ヘルノ之
甚ダシキ。
文化癸酉五月念六日録ス。
凡天地間事、古往今來、陰陽晝夜、日月代明、四時錯行、其數皆前定。至於人富貴貧賤・死生壽殀・利害榮辱・聚散離合、莫非一定之數。殊未之前知耳。譬猶傀儡之戲、機關已具、而觀者不知也。世人不悟其如此、以爲己之知力足恃、而終身役役、東索西求、遂悴勞以斃。斯亦惑之甚。文化癸酉五月念六日録。。
凡そ天地間の事、古往今來、陰陽晝夜、日月代る〳〵明らかに、四時錯はり行き、其の數皆前め定まる。人の富貴貧賤・死生壽殀・利害榮辱・聚散離合に至るまで、一定の數に非ざる莫し。殊に未だ之を前め知らざるのみ。譬へば猶ほ傀儡の戲の、機關已に具して、而も觀る者知らざるがごとし。世人其の此のごときを悟らず、以て己の知力恃むに足ると爲して、終身役役として、東に索り西に求めて、遂に悴勞して以て斃る。斯れ亦惑へるの甚だしき。文化癸酉五月念六日録す。
(
1)
太上ハ師トスレ天ヲ。
其ノ次ハ師
トスレ人ヲ。其
ノ次
ハ師
トスレ經ヲ。
太上師天。其次師人。其次師經。
太上は天を師とす。其の次は人を師とす。其の次は經を師とす。
(
2)
凡ソ作スニハレ事ヲ、
須ラクシ レ要スレ有
ルヲ二事フルレ天
ニ之心
一、不
レ要
セレ有
ルヲ二示スレ人
ニ之
念一。
凡作事、須要有事天之心、不要有示人之念。
凡そ事を作すには、須らく天に事ふる之心有るを要すべし、人に示す之念有るを要せず。
(
3)
天道ハ以テレ漸ヲ運リ、
人事ハ以
テレ漸
ヲ變ズ。
必至ノ之
勢ヒハ、不
レ能ハ二卻ケテレ之
ヲ使ムル一レ遠カラ、又不
レ能ハ二促シテレ之
ヲ使ムル一レ速ヤカナラ。
天道以漸運、人事以漸變。必至之勢、不能卻之使遠、又不能促之使速。
天道は漸を以て運り、人事は漸を以て變ず。必至の勢ひは、之を卻けて遠からしむる能はず、又之を促して速やかならしむる能はず。
(
4)
憤ノ一字、
是レ進ムレ學ニ機關ナリ。
舜何人ゾヤ也、
予何人
ゾヤ也
トハ、
方ニ是レ憤
ナリ。
憤一字、是進學機關。舜何人也、予何人也、方是憤。
憤の一字、是れ學に進む機關なり。舜何人ぞや、予何人ぞやとは、方に是れ憤なり。
(
5)
學
ハ莫シレ要ナルハ二於
立志ヨリ一。
而シテ立志
モ亦非ズレ強フルニレ之ヲ。
只ダ從フノミ二本心ノ所
ニ一レ好ム而已。
學莫要於立志。而立志亦非強之。只從本心所好而已。
學は立志より要なるは莫し。而して立志も亦之を強ふるに非ず。只だ本心の好む所に從ふのみ。
(
6)
立志ノ之
功ハ、以
テレ知
ルヲレ恥ヲ爲スレ要ト。
立志之功、以知恥爲要。
立志の功は、恥を知るを以て要と爲す。
(
7)
盡シ二性分ノ之
本然ヲ一、
務ム二職分ノ之
當然ヲ一、
如キノミレ此ノ而已矣。
盡性分之本然、務職分之當然、如此而已矣。
性分の本然を盡し、職分の當然を務む、此のごときのみ。
(
8)
君子ハ、
有コノ之
稱ナリ。
有レバ二其
ノコ一則チ有
リ二其
ノ位一。
視テ二コ
ノ之
高下ヲ一爲ス二位
ノ之
崇卑ヲ一。
及ビ二叔世ニ一有
レバ下無
クシテ二其
ノコ
一而
居ル二其
ノ位
ニ一者
上、
則チ君子
モ亦遂ニ有
リ下專ラ就キテ二在位ニ一而稱
スルレ之
ヲ者
上。今
ノ之君子、
盍ゾルヤ レ知
ラ下冒ス二虚名ヲ一之
爲ルヲ上レ恥。
君子、有コ之稱。有其コ則有其位。視コ之高下爲位之崇卑。及叔世有無其コ而居其位者、則君子亦遂有專就在位而稱之者。今之君子、盍知冒虚名之爲恥。
君子は、有コの稱なり。其のコ有れば則ち其の位有り。コの高下を視て位の崇卑を爲す。叔世に及び其のコ無くして其の位に居る者有れば、則ち君子も亦遂に專ら在位に就きて之を稱する者有り。今の君子、盍ぞ虚名を冒すの恥たるを知らざるや。
(
9)
人
ハ須ラクシ 二自ラ省察ス一。
天何ノ故ニ生ミ-二出ダシ我ガ身
ヲ一、
使ムル三我ヲシテ果シテ供セ二何ノ用ニ一。
我既ニ天
ノ物ナレバ、必
ズ有
リ二天
ノ役一。天
ノ役
弗ンバレ共セ、天
ノ咎必
ズ至ラント。省察
到レバレ此ニ、
則チ知
ル二我ガ身
ノ之不
ルヲ一レ可カラ二苟クモ生
クル一。
人須自省察。天何故生出我身、使我果供何用。我既天物、必有天役。天役弗共、天咎必至。省察到此、則知我身之不可苟生。
人は須らく自ら省察すべし。天何の故に我が身を生み出だし、我をして果して何の用に供せしむる。我既に天の物なれば、必ず天の役有り。天の役共せずんば、天の咎必ず至らんと。省察此に到れば、則ち我が身の苟くも生くるべからざるを知る。
(
10)
權ハ能ク輕-二重スレドモ物
ヲ一、而不
レ能ハ三自ラ定ムル二其ノ輕重
ヲ一。
度ハ能
ク長-二短スレドモ物
ヲ一、而不
レ能
ハ三自
ラ度ル二其
ノ長短
ヲ一。心
ハ則チ能
ク是-二非シテ物
ヲ一、而
又自
ラ知
ル二其
ノ是非
ヲ一。
是レ所-三以カ爲ス二至靈ト一歟。
權能輕重物、而不能自定其輕重。度能長短物、而不能自度其長短。心則能是非物、而又自知其是非。是所以爲至靈歟。
權は能く物を輕重すれども、自ら其の輕重を定むる能はず。度は能く物を長短すれども、自ら其の長短を度る能はず。心は則ち能く物を是非して、又自ら其の是非を知る。是れ至靈と爲す所以か。
(
11)
以テ二三代以上
ノ意思ヲ一、
讀ム二三代以上
ノ文字ヲ一。
以三代以上意思、讀三代以上文字。
三代以上の意思を以て、三代以上の文字を讀む。
(
12)
爲スレ學ヲ、
故ニ讀ムレ書ヲ。
爲學、故讀書。
學を爲す、故に書を讀む。
(
13)
吾既ニ有
レバ二資クルレ善ヲ之心
一、
父兄師友ノ之
言、
唯ダ恐ル二聞
クコトノ之不
ルヲ一レ多カラ。
至ルモ二於
讀書ニ一、
亦得ンヤレ不
ルヲレ多
カラ乎。
聖賢所
ノレ云
フ多聞・
多見、
意正ニ如シレ此ノ。
吾既有資善之心、父兄師友之言、唯恐聞之不多。至於讀書、亦得不多乎。聖賢所云多聞・多見、意正如此。
吾既に善を資くる之心有れば、父兄師友の言、唯だ聞くことの多からざるを恐る。讀書に至るも、亦多からざるを得んや。聖賢云ふ所の多聞・多見、意正に此のごとし。
(
14)
脩メレ辭ヲ立ツ二其
ノ誠ヲ一、立
テレ誠
ヲ脩
ム二其
ノ辭
ヲ一、其
ノ理ハ一ナリ也。
脩辭立其誠、立誠脩其辭、其理一也。
辭を脩め其の誠を立つ、誠を立て其の辭を脩む、其の理は一なり。
(
15)
栽ウル者
ハ培フレ之
ヲ。
雨露固ヨリ生生ナリ也。
傾ク者
ハ覆スレ之
ヲ。
霜雪モ亦生生
ナリ矣。
栽者培之。雨露固生生也。傾者覆之。霜雪亦生生矣。
栽うる者は之を培ふ。雨露固より生生なり。傾く者は之を覆す。霜雪も亦生生なり。
(
16)
靜カニ觀ルニ二造化ノ之
跡ヲ一、皆
行ハル二其
ノ所
ニ一レ無
キレ事。
靜觀造化之跡、皆行其所無事。
靜かに造化の跡を觀るに、皆其の事無き所に行はる。
(
17)
凡ソ事ノ到ルハ二玅處ニ一、不
レ過ギ三自-二得スルニ天然ノ形勢ヲ一。
此ノ外更ニ別ニ無
シレ玅。
凡事到玅處、不過自得天然形勢。此外更別無玅。
凡そ事の玅處に到るは、天然の形勢を自得するに過ぎず。此の外更に別に玅無し。
(
18)
面ハ欲シレ冷ヲ、
背ハ欲
シレ煖ヲ、
胸ハ欲
シレ虚ヲ、
腹ハ欲
スレ實ヲ。
面欲冷、背欲煖、胸欲虚、腹欲實。
面は冷を欲し、背は煖を欲し、胸は虚を欲し、腹は實を欲す。
(
19)
人
ノ精神ハ盡ク在レバ二乎
面ニ一、不
レ免レ二逐ヒテレ物
ヲ妄動スルコトヲ一。
須ラクシ 下收-二斂シテ精神
ヲ一棲マシム中ゥヲ背ニ上。
方ニ能ク忘レテ二其
ノ身ヲ一、而身
ハ眞ニ爲ラン二吾ガ有ト一。
人精神盡在乎面、不免逐物妄動。須收斂精神棲ゥ背。方能忘其身、而身眞爲吾有。
人の精神は盡く面に在れば、物を逐ひて妄動することを免れず。須らく精神を收斂してゥを背に棲ましむべし。方に能く其の身を忘れて、身は眞に吾が有と爲らん。
(
20)
心下痞塞スレバ、
百慮皆
錯ル。
心下痞塞、百慮皆錯。
心下痞塞すれば、百慮皆錯る。
(
21)
間思雜慮ノ紛紛擾擾タルハ、
由ルナリ二外物ノ溷スニ一レ之
ヲ也。常
ニ使メバ丁志氣ヲシテ如クシレ劔ノ、
驅-二除シ一切ノ外ノ誘ヒヲ一、不
ラ丙敢ヘテ襲-乙近セ肚裏ニ甲、
自ヅカラ覺エン二淨潔快豁ナルヲ一。
間思雜慮紛紛擾擾、由外物溷之也。常使志氣如劔、驅除一切外誘、不敢襲近肚裏、自覺淨潔快豁。
間思雜慮の紛紛擾擾たるは、外物の之を溷すに由るなり。常に志氣をして劔のごとくし、一切の外の誘ひを驅除し、敢へて肚裏に襲近せざらしめば、自づから淨潔快豁なるを覺えん。
(
22)
吾方ツテハレ將ニルニ レ處セントレ事ヲ、必
ズ先ヅ於テ二心下ニ一自ラ下
シ二數鍼ヲ一、
然ル後從フレ事
ニ。
吾方將處事、必先於心下自下數鍼、然後從事。
吾將に事を處せんとするに方つては、必ず先づ心下に於て自ら數鍼を下し、然る後事に從ふ。
(
23)
心ノ之
邪正、
氣ノ之
強弱ハ、
筆畫不
レ能ハレ掩フコトレ之
ヲ。
至ルモ二喜怒哀懼、
勤惰靜躁ニ一、
亦皆
形ス二ゥヲ字ニ一。
一日ノ内自ラ書シ二數字ヲ一以
テ反觀スルモ、亦
省心ノ之
一助ナリ。
心之邪正、氣之強弱、筆畫不能掩之。至喜怒哀懼、勤惰靜躁、亦皆形ゥ字。一日内自書數字以反觀、亦省心之一助。
心の邪正、氣の強弱は、筆畫之を掩ふこと能はず。喜怒哀懼、勤惰靜躁に至るも、亦皆ゥを字に形す。一日の内自ら數字を書し以て反觀するも、亦省心の一助なり。
(
24)
有
ルハレ心
レ求ムルニレ名
ヲ、
固ヨリ非ナリ。有
ルモレ心
レ避クルニレ名
ヲ、
亦非
ナリ。
有心求名、固非。有心避名、亦非。
名を求むるに心有るは、固より非なり。名を避くるに心有るも、亦非なり。
(
25)
慮ルハレ事ヲ欲シ二周詳ナランコトヲ一、
處スルハレ事
ヲ欲
ス二易簡ナランコトヲ一。
慮事欲周詳、處事欲易簡。
事を慮るは周詳ならんことを欲し、事を處するは易簡ならんことを欲す。
(
26)
眞ニ有
ル二大志一者
ハ、
克ク勤メ二小物ヲ一、眞
ニ有
ル二遠慮一者
ハ、不
レ忽セニセ二細事ヲ一。
眞有大志者、克勤小物、眞有遠慮者、不忽細事。
眞に大志有る者は、克く小物を勤め、眞に遠慮有る者は、細事を忽せにせず。
(
27)
纔カニ有
ラバ二誇伐ノ念頭一、
便チ與二天地
一不
ルナリ二相似一。
纔有誇伐念頭、便與天地不相似。
纔かに誇伐の念頭有らば、便ち天地と相似ざるなり。
(
28)
大コ不
ンバレ踰エレ閑ヲ、
小コハ出入スルモ可ナリ也
ト。
以テレ此ヲ待
ツモレ人
ヲ、
儘好シ。
大コ不踰閑、小コ出入可也。以此待人、儘好。
大コ閑を踰えずんば、小コは出入するも可なりと。此を以て人を待つも、儘好し。
(
29)
自ラ責ムルコト嚴ナル者
ハ、責
ムルモレ人
ヲ亦嚴ナリ。
恕シテレ人
ヲ寛ナル者
ハ、自
ラ恕
スモ亦寛
ナリ。皆不
レ免レ二於
一ニ偏スルコトヲ一。君子
ハ則チ躬自ラ厚ウシテ、而
薄ク責
ム二於人
ヲ一。
自責嚴者、責人亦嚴。恕人寛者、自恕亦寛。皆不免於一偏。君子則躬自厚、而薄責於人。
自ら責むること嚴なる者は、人を責むるも亦嚴なり。人を恕して寛なる者は、自ら恕すも亦寛なり。皆一に偏することを免れず。君子は則ち躬自ら厚うして、薄く人を責む。
(
30)
今人率ネ口
ニ説ク二多忙ナルヲ一。
視ルニ二其ノ所
ヲ一レ爲ス、
整-二頓スルコト實事ヲ一十ニ一二、
料-二理スルコト閑事ヲ一十
ニ八九ナリ。又
認メテ二閑事
ヲ一以
テ爲ス二實事
ト一。
宜ナリ、
其ノ多忙
ナルヤ。
有志者勿レ三誤ツテ踏ムコト二此ノ窠ヲ一。
今人率口説多忙。視其所爲、整頓實事十一二、料理閑事十八九。又認閑事以爲實事。宜、其多忙。有志者勿誤踏此窠。
今人率ね口に多忙なるを説く。其の爲す所を視るに、實事を整頓すること十に一二、閑事を料理すること十に八九なり。又閑事を認めて以て實事と爲す。宜なり、其の多忙なるや。有志者誤つて此の窠を踏むこと勿れ。
(
31)
緊シク立テ二此ノ志ヲ一以
テ求メヨレ之
ヲ。
雖モ二搬ビレ薪ヲ運ブト一レ水ヲ、
亦是レ學
ノ所
ナリレ在ル。
況ンヤ讀ミレ書ヲ窮ムルヲヤレ理ヲ乎。志
ノ之弗
レバレ立
タ、
終日從-二事スルモ讀書ニ一、亦
唯ダ是レ閑事ナルノミ耳。
故ニ爲スハレ學
ヲ莫シレ尚キハ二於
立志ヨリモ一。
緊立此志以求之。雖搬薪運水、亦是學所在。況讀書窮理乎。志之弗立、終日從事讀書、亦唯是閑事耳。故爲學莫尚於立志。
緊しく此の志を立て以て之を求めよ。薪を搬び水を運ぶと雖も、亦是れ學の在る所なり。況んや書を讀み理を窮むるをや。志の立たざれば、終日讀書に從事するも、亦唯だ是れ閑事なるのみ。故に學を爲すは立志よりも尚きは莫し。
(
32)
有志ノ之
士ハ如シ二利刃ノ一。
百邪辟易ス。
無志ノ之人
ハ如
シ二鈍刀ノ一。
童蒙モ侮翫ス。
有志之士如利刃。百邪辟易。無志之人如鈍刀。童蒙侮翫。
有志の士は利刃のごとし。百邪辟易す。無志の人は鈍刀のごとし。童蒙も侮翫す。
(
33)
少年ノ時、
當ニシ レ著ク二老成ノ工夫ヲ一。老成
ノ時、當
ニシ レ存ス二少年
ノ志氣ヲ一。
少年時、當著老成工夫。老成時、當存少年志氣。
少年の時、當に老成の工夫を著くべし。老成の時、當に少年の志氣を存すべし。
(
34)
容ルヽハレ物ヲ美コナリ也。
然レドモ亦有
リ二明暗一。
容物美コ也。然亦有明暗。
物を容るゝは美コなり。然れども亦明暗有り。
(
35)
人
ノ言ハ、
須ラクシ 二容レテ而
擇ブ一レ之
ヲ。不
レ可カラレ拒ム、又不
レ可
カラレ惑フ。
人言、須容而擇之。不可拒、又不可惑。
人の言は、須らく容れて之を擇ぶべし。拒むべからず、又惑ふべからず。
(
36)
能ク容ルヽレ人
ヲ者
ニシテ、
而ル後可
シ二以
テ責ム一レ人
ヲ。人
モ亦受
ク二其
ノ責
メヲ一。不
ルレ能ハレ容
ルヽコトレ人
ヲ者
ハ、不
レ能
ハレ責
ムルコトレ人
ヲ。人
モ亦不
レ受
ケ二其
ノ責
メヲ一。
能容人者、而後可以責人。人亦受其責。不能容人者、不能責人。人亦不受其責。
能く人を容るゝ者にして、而る後以て人を責むべし。人も亦其の責めを受く。人を容るゝこと能はざる者は、人を責むること能はず。人も亦其の責めを受けず。
(
37)
心
ノ之所
レ形ルヽ、
尤モ在リ二於
言ト與ニ一レ色。
察シテレ言
ヲ而
觀レバレ色
ヲ、
賢不肖、人不
レ能ハレ廋ス。
心之所形、尤在於言與色。察言而觀色、賢不肖、人不能廋。
心の形るゝ所、尤も言と色とに在り。言を察して色を觀れば、賢不肖、人廋す能はず。
(
38)
人
ノ賢否ハ、
於テ二初見ノ時
ニ一相スルニレ之
ヲ、
多ク不
レ謬ラ。
人賢否、於初見時相之、多不謬。
人の賢否は、初見の時に於て之を相するに、多く謬らず。
(
39)
愛惡ノ念頭、
最モ累ハス二藻鑑ヲ一。
愛惡念頭、最累藻鑑。
愛惡の念頭、最も藻鑑を累はす。
(
40)
富貴ハ、
譬ヘバ則チ春夏ナリ也。
使ム二人心ヲシテ蕩ケ一。
貧賤ハ、譬
ヘバ則
チ秋冬ナリ也。使
ム二人心
ヲシテ肅マ一。
故ニ人
於テハ二富貴
ナルニ一、則
チ溺ラシ二其
ノ志ヲ一、於
テハ二貧賤
ナルニ一、則
チ堅クス二其
ノ志
ヲ一。
富貴、譬則春夏也。使人心蕩。貧賤、譬則秋冬也。使人心肅。故人於富貴、則溺其志、於貧賤、則堅其志。
富貴は、譬へば則ち春夏なり。人心をして蕩けしむ。貧賤は、譬へば則ち秋冬なり。人心をして肅ましむ。故に人富貴なるに於ては、則ち其の志を溺らし、貧賤なるに於ては、則ち其の志を堅くす。
(
41)
知リレ分ヲ、
然ル後知
ルレ足ルヲ。
知分、然後知足。
分を知り、然る後足るを知る。
(
42)
悔ユル二昨ノ非ヲ一者
ハ有
レドモレ之、
改ムル二今ノ過チヲ一者
ハ鮮シ矣。
悔昨非者有之、改今過者鮮矣。
昨の非を悔ゆる者は之有れども、今の過ちを改むる者は鮮し。
(
43)
得意ノ時候ニ、
最モ當ニシ レ著ク二退歩ノ工夫ヲ一。
一時一事モ、
亦皆有
リ二亢龍一。
得意時候、最當著退歩工夫。一時一事、亦皆有亢龍。
得意の時候に、最も當に退歩の工夫を著くべし。一時一事も、亦皆亢龍有り。
(
44)
寵過グル者
ハ、
怨ミヲ之招クナリ也。
昵ミ甚ダシキ者
ハ、
疏ンゼラルヽコト之漸ムナリ也。
寵過者、怨之招也。昵甚者、疏之漸也。
寵過ぐる者は、怨みを之招くなり。昵み甚だしき者は、疏んぜらるゝこと之漸むなり。
(
45)
土地・
人民ハ天物ナリ也。
承ケテ而
養ヒレ之
ヲ、
使ムル三物
ヲシテ各〻得二其
ノ所
ヲ一、
是レ君ノ職ナリ也。
人君或ハ謬リ-二謂ツテ土地・人民
ハ皆
我ガ物ナリ也
ト一、而
暴フレ之
ヲ。
此レヲ之謂フ三君偸ムト二天物
ヲ一。
土地・人民天物也。承而養之、使物各得其所、是君職也。人君或謬謂土地・人民皆我物也、而暴之。此之謂君偸天物。
土地・人民は天物なり。承けて之を養ひ、物をして各〻其の所を得しむる、是れ君の職なり。人君或は土地・人民は皆我が物なりと謬り謂つて、之を暴ふ。此れを之君天物を偸むと謂ふ。
(
46)
君
ノ之
於ケルレ臣ニ、
擧ゲレ賢ヲ使ヒレ能ヲ、
與ニ治メ二天職ヲ一、
與ニ食ミ二天祿ヲ一、
元首・
股肱、
合セ-二成ス一體ヲ一。
此ヲ之謂フレ義ト。
人君若シ徒ラニ謂フノミナラバ丁我出ダシ二祿俸ヲ一以
テ畜フレ人
ヲ、人
將ニト 丙報ジテ以
テ赴カント乙驅使ニ甲而已、
則チ與二市道一何ヲ以テ異ナラン。
君之於臣、擧賢使能、與治天職、與食天祿、元首・股肱、合成一體。此之謂義。人君若徒謂我出祿俸以畜人、人將報以赴驅使而已、則與市道何以異。
君の臣に於ける、賢を擧げ能を使ひ、與に天職を治め、與に天祿を食み、元首・股肱、一體を合せ成す。此を之義と謂ふ。人君若し徒らに我祿俸を出だし以人を畜ふ、人將に報じて以て驅使に赴かんとすと謂ふのみならば而已、則ち市道と何を以て異ならん。
(
47)
天
尊ク地
卑クシテ、
乾坤定マル矣。
君臣ノ之
分、
已ニ屬ス二天
ノ定
メニ一。
各〻盡スノミ二其
ノ職ヲ一而已。
故ニ臣ノ之
於ケルレ君ニ、
當ニキナリ レ不
ル下視テ二畜養ノ之
恩何如ヲ一、而
厚-中薄セ其
ノ報ヲ上也。
天尊地卑、乾坤定矣。君臣之分、已屬天定。各盡其職而已。故臣之於君、當不視畜養之恩何如、而厚薄其報也。
天尊く地卑くして、乾坤定まる。君臣の分、已に天の定めに屬す。各〻其の職を盡すのみ。故に臣の君に於ける、當に畜養の恩何如を視て、其の報を厚薄せざるべきなり。
(
48)
助クル二天工ヲ一者
ハ、
我從ツテ而
賞シレ之
ヲ、
戕フ二天物ヲ一者
ハ、我從
ツテ而
罰スレ之
ヲ。
人君ハ非ズレ容ルヽモノニレ私ヲ焉。
助天工者、我從而賞之、戕天物者、我從而罰之。人君非容私焉。
天工を助くる者は、我從つて之を賞し、天物を戕ふ者は、我從つて之を罰す。人君は私を容るゝものに非ず。
(
49)
五穀自ヅカラ生ズレドモ、
假リテ二耒耜ヲ一以テ助クレ之
ヲ。
人君ノ財成・
輔相モ、
亦與レ此似ル。
五穀自生、假耒耜以助之。人君財成・輔相、亦與此似。
五穀自づから生ずれども、耒耜を假りて以て之を助く。人君の財成・輔相も、亦此と似る。
(
50)
大臣ノ之
職ハ、
統ブルノミ二大綱ヲ一而已。
日間ノ瑣事ハ、
遵-二依スルモ舊套ニ一可ナリ也。
但シ發シ二人
ノ難キレ發シ之
口ヲ一、
處ス二人
ノ難
キレ處
シ之事
ヲ一。
年間率ネ不
レ過ギ二數次ニ一。
勿レレ須ヰル二紛更勞擾ヲ一。
大臣之職、統大綱而已。日間瑣事、遵依舊套可也。但發人難發之口、處人難處之事。年間率不過數次。勿須紛更勞擾。
大臣の職は、大綱を統ぶるのみ。日間の瑣事は、舊套に遵依するも可なり。但し人の發し難き之口を發し、人の處し難き之事を處す。年間率ね數次に過ぎず。紛更勞擾を須ゐる勿れ。
(本文はtaiju生作「漢文エディタ」原文よりHTMLに変換したものである。原文は後日利用の便を考えて、このファイルに含めてある。又、上下のコラムを連動させるスクリプトも入っている。)