言志録 (佐藤一齋) (1) 1−50/245章
 

言志録げんしろく

江都かうと 一齋居士いつさいこじろく 
およ天地かん事、古往今來こわうきんらい陰陽いんやう晝夜ちうや日月じつげつかはル〳〵あきラカニ四時しいじまじハリすうあらかじマルいたルマデ於人富貴ふうき貧賤ひんせん死生しせい壽殀じゆえう利害りがい榮辱えいじよく聚散しゆうさん離合りがふ、莫あらザル一定いつていすうこといまルノミ これあらかじ耳。たとヘバ 傀儡くわいらい機關からくりすでシテしか者不ルガ一レ也。世人せじんさとごとキヲ一レかくもつシテおのれ知力ちりよくルト一レたのムニ、而終身しゆうしん役役えき〳〵トシテひがしさぐ西もとメテつひ悴勞すゐらうシテたふまたまどヘルノはなはダシキ文化ぶんくわ癸酉きいう五月ごぐわつ念六日ねんろくじつろく
凡天地間事、古往今來、陰陽晝夜、日月代明、四時錯行、其數皆前定。至於人富貴貧賤・死生壽殀・利害榮辱・聚散離合、莫非一定之數。殊未之前知耳。譬猶傀儡之戲、機關已具、而觀者不知也。世人不悟其如此、以爲己之知力足恃、而終身役役、東索西求、遂悴勞以斃。斯亦惑之甚。文化癸酉五月念六日録。。
凡そ天地間の事、古往今來、陰陽晝夜、日月代る〳〵明らかに、四時錯はり行き、其の數皆前め定まる。人の富貴貧賤・死生壽殀・利害榮辱・聚散離合に至るまで、一定の數に非ざる莫し。殊に未だ之を前め知らざるのみ。譬へば猶ほ傀儡の戲の、機關已に具して、而も觀る者知らざるがごとし。世人其の此のごときを悟らず、以て己の知力恃むに足ると爲して、終身役役として、東に索り西に求めて、遂に悴勞して以て斃る。斯れ亦惑へるの甚だしき。文化癸酉五月念六日録す。

1)  太上たいじやうトスてんつぎトスひと。其トスけい
太上師天。其次師人。其次師經。
太上は天を師とす。其の次は人を師とす。其の次は經を師とす。

2)  およスニハことすべかラク えうルヲつかフル之心、不ルヲしめねん
凡作事、須要有事天之心、不要有示人之念。
凡そ事を作すには、須らく天に事ふる之心有るを要すべし、人に示す之念有るを要せず。

3)  天道てんだうもつぜんめぐ人事じんじへん必至ひつしいきほヒハ、不あたしりぞケテ使ムル一レとほカラ、又不あたうながシテ使ムル一レすみヤカナラ
天道以漸運、人事以漸變。必至之勢、不能卻之使遠、又不能促之使速。
天道は漸を以て運り、人事は漸を以て變ず。必至の勢ひは、之を卻けて遠からしむる能はず、又之を促して速やかならしむる能はず。

4)  ふん一字いちじすゝがく機關きくわんナリしゆん何人なんぴとゾヤ也、われ何人ゾヤトハまさナリ
憤一字、是進學機關。舜何人也、予何人也、方是憤。
憤の一字、是れ學に進む機關なり。舜何人ぞや、予何人ぞやとは、方に是れ憤なり。

5)  學えうナルハ立志りつしヨリしかシテ立志またあらフルニこれしたがフノミ本心ほんしん一レこの而已。
學莫要於立志。而立志亦非強之。只從本心所好而已。
學は立志より要なるは莫し。而して立志も亦之を強ふるに非ず。只だ本心の好む所に從ふのみ。

6)  立志りつしこう、以ルヲはぢえう
立志之功、以知恥爲要。
立志の功は、恥を知るを以て要と爲す。

7)  つく性分しやうぶん本然ほんぜんつと職分しよくぶん當然たうぜんごとキノミかく而已矣。
盡性分之本然、務職分之當然、如此而已矣。
性分の本然を盡し、職分の當然を務む、此のごときのみ。

8)  君子くんし有コいうとくしようナリレバとくすなはくらゐ高下かうげ崇卑すうひおよ叔世しゆくせいレバクシテすなは君子またつひもつぱキテ在位ざいゐ而稱スル。今之君子、なんルヤ をか虚名きよめいルヲはぢ
君子、有コ之稱。有其コ則有其位。視コ之高下爲位之崇卑。及叔世有無其コ而居其位者、則君子亦遂有專就在位而稱之者。今之君子、盍知冒虚名之爲恥。
君子は、有コの稱なり。其のコ有れば則ち其の位有り。コの高下を視て位の崇卑を爲す。叔世に及び其のコ無くして其の位に居る者有れば、則ち君子も亦遂に專ら在位に就きて之を稱する者有り。今の君子、盍ぞ虚名を冒すの恥たるを知らざるや。

9)  人すべかラク みづか省察せいさつてんなにゆゑ-ダシ使ムルわれヲシテはたシテきようなにようわれすでものナレバ、必えき。天ンバきよう、天とがいたラント。省察いたレバこゝすなは之不ルヲ一レカラいやしクモクル
人須自省察。天何故生出我身、使我果供何用。我既天物、必有天役。天役弗共、天咎必至。省察到此、則知我身之不可苟生。
人は須らく自ら省察すべし。天何の故に我が身を生み出だし、我をして果して何の用に供せしむる。我既に天の物なれば、必ず天の役有り。天の役共せずんば、天の咎必ず至らんと。省察此に到れば、則ち我が身の苟くも生くるべからざるを知る。

10)  はかりけい-ちようスレドモ、而不あたみづかさだムル輕重ものさしちよう-たんスレドモ、而不はか長短。心すなは-シテ、而また是非ゆゑ-至靈しれい歟。
權能輕重物、而不能自定其輕重。度能長短物、而不能自度其長短。心則能是非物、而又自知其是非。是所以爲至靈歟。
權は能く物を輕重すれども、自ら其の輕重を定むる能はず。度は能く物を長短すれども、自ら其の長短を度る能はず。心は則ち能く物を是非して、又自ら其の是非を知る。是れ至靈と爲す所以か。

11)  もつ三代さんだい以上意思いし三代以上文字もんじ
以三代以上意思、讀三代以上文字。
三代以上の意思を以て、三代以上の文字を讀む。

12)  がくゆゑしよ
爲學、故讀書。
學を爲す、故に書を讀む。

13)  われすでレバたすクルぜん之心父兄ふけい師友しいうげんおそクコトノ之不ルヲ一レおほカラいたルモ讀書とくしよまたンヤルヲカラ乎。聖賢せいけん多聞たぶん多見たけんまさごとかく
吾既有資善之心、父兄師友之言、唯恐聞之不多。至於讀書、亦得不多乎。聖賢所云多聞・多見、意正如此。
吾既に善を資くる之心有れば、父兄師友の言、唯だ聞くことの多からざるを恐る。讀書に至るも、亦多からざるを得んや。聖賢云ふ所の多聞・多見、意正に此のごとし。

14)  をさことばまこと、立、其いつナリ也。
脩辭立其誠、立誠脩其辭、其理一也。
辭を脩め其の誠を立つ、誠を立て其の辭を脩む、其の理は一なり。

15)  ウルつちか雨露うろもとヨリ生生せい〳〵ナリ也。かたぶくつがへ霜雪さうせつまた生生ナリ矣。
栽者培之。雨露固生生也。傾者覆之。霜雪亦生生矣。
栽うる者は之を培ふ。雨露固より生生なり。傾く者は之を覆す。霜雪も亦生生なり。

16)  しづカニルニ造化ざうくわあと、皆おこなハル一レこと
靜觀造化之跡、皆行其所無事。
靜かに造化の跡を觀るに、皆其の事無き所に行はる。

17)  およこといたルハ玅處めうしよ、不-とくスルニ天然てんねん形勢けいせいほかさらべつめう
凡事到玅處、不過自得天然形勢。此外更別無玅。
凡そ事の玅處に到るは、天然の形勢を自得するに過ぎず。此の外更に別に玅無し。

18)  おもてほつれいだんむねきよはらじつ
面欲冷、背欲煖、胸欲虚、腹欲實。
面は冷を欲し、背は煖を欲し、胸は虚を欲し、腹は實を欲す。

19)  人精神せいしんこと〴〵レバおもて、不まぬかヒテ妄動まうどうスルコトヲすべかラク しう-れんシテ精神マシムこれまさわすレテ、而身しんランいう
人精神盡在乎面、不免逐物妄動。須收斂精神棲ゥ背。方能忘其身、而身眞爲吾有。
人の精神は盡く面に在れば、物を逐ひて妄動することを免れず。須らく精神を收斂してゥを背に棲ましむべし。方に能く其の身を忘れて、身は眞に吾が有と爲らん。

20)  心下しんか痞塞ひそくスレバ百慮ひやくりよあやま
心下痞塞、百慮皆錯。
心下痞塞すれば、百慮皆錯る。

21)  間思かんし雜慮ざつりよ紛紛ふんぷん擾擾ぜうぜうタルハルナリ外物ぐわいぶつにごスニ一レ也。常使メバ志氣しきヲシテごとクシつるぎ-ぢよ一切いつさいそとさそヒヲ、不ヘテしふ-きん肚裏とりおのヅカラおぼエン淨潔じやうけつ快豁くわいくわつナルヲ
間思雜慮紛紛擾擾、由外物溷之也。常使志氣如劔、驅除一切外誘、不敢襲近肚裏、自覺淨潔快豁。
間思雜慮の紛紛擾擾たるは、外物の之を溷すに由るなり。常に志氣をして劔のごとくし、一切の外の誘ひを驅除し、敢へて肚裏に襲近せざらしめば、自づから淨潔快豁なるを覺えん。

22)  われあたツテハまさルニ しよセントこと、必おい心下しんかみづか數鍼すうしんしかのちしたが
吾方將處事、必先於心下自下數鍼、然後從事。
吾將に事を處せんとするに方つては、必ず先づ心下に於て自ら數鍼を下し、然る後事に從ふ。

23)  こゝろ邪正じやせい強弱きやうじやく筆畫ひつぐわあたおほフコトいたルモ喜怒哀懼きどあいく勤惰きんだ靜躁せいさうまたあらはこれ一日いちじつうちみづかしよ數字すうじ反觀はんくわんスルモ、亦省心せいしん一助いちじよナリ
心之邪正、氣之強弱、筆畫不能掩之。至喜怒哀懼、勤惰靜躁、亦皆形ゥ字。一日内自書數字以反觀、亦省心之一助。
心の邪正、氣の強弱は、筆畫之を掩ふこと能はず。喜怒哀懼、勤惰靜躁に至るも、亦皆ゥを字に形す。一日の内自ら數字を書し以て反觀するも、亦省心の一助なり。

24)  有ルハもとムルニもとヨリナリ。有ルモクルニまたナリ
有心求名、固非。有心避名、亦非。
名を求むるに心有るは、固より非なり。名を避くるに心有るも、亦非なり。

25)  おもんばかルハことほつ周詳しうしやうナランコトヲしよスルハ易簡いかんナランコトヲ
慮事欲周詳、處事欲易簡。
事を慮るは周詳ならんことを欲し、事を處するは易簡ならんことを欲す。

26)  しん大志たいしつと小物せうぶつ、眞遠慮えんりよ、不ゆるがセニセ細事さいじ
眞有大志者、克勤小物、眞有遠慮者、不忽細事。
眞に大志有る者は、克く小物を勤め、眞に遠慮有る者は、細事を忽せにせず。

27)  わづカニラバ誇伐こばつ念頭ねんとう便すなは天地ルナリ相似あひに
纔有誇伐念頭、便與天地不相似。
纔かに誇伐の念頭有らば、便ち天地と相似ざるなり。

28)  大コたいとくンバのり小コせうとく出入しゆつにふスルモナリもつこれツモまゝ
大コ不踰閑、小コ出入可也。以此待人、儘好。
大コ閑を踰えずんば、小コは出入するも可なりと。此を以て人を待つも、儘好し。

29)  みづかムルコトげんナル、責ムルモまたげんナリゆるシテくわんナル、自スモ亦寛ナリ。皆不まぬかいつへんスルコトヲ。君子すなはみづかあつウシテ、而うす於人
自責嚴者、責人亦嚴。恕人寛者、自恕亦寛。皆不免於一偏。君子則躬自厚、而薄責於人。
自ら責むること嚴なる者は、人を責むるも亦嚴なり。人を恕して寛なる者は、自ら恕すも亦寛なり。皆一に偏することを免れず。君子は則ち躬自ら厚うして、薄く人を責む。

30)  今人きんじんおほむ多忙たばうナルヲルニ一レせい-とんスルコト實事じつじじふ一二いちにれう-スルコト閑事かんじ八九はつくナリ。又みとメテ閑事實事うべナリ多忙ナルヤ有志者いうししやなかあやまツテムコトこのあな
今人率口説多忙。視其所爲、整頓實事十一二、料理閑事十八九。又認閑事以爲實事。宜、其多忙。有志者勿誤踏此窠。
今人率ね口に多忙なるを説く。其の爲す所を視るに、實事を整頓すること十に一二、閑事を料理すること十に八九なり。又閑事を認めて以て實事と爲す。宜なり、其の多忙なるや。有志者誤つて此の窠を踏むこと勿れ。

31)  きびシクこゝろざしもとメヨいへどはこたきヾはこブト一レみづまたナリいはンヤしよきはムルヲヤ乎。志之弗レバ終日しゆうじつじゆう-スルモ讀書とくしよ、亦閑事かんじナルノミ耳。ゆゑスハたつとキハ立志りつしヨリモ
緊立此志以求之。雖搬薪運水、亦是學所在。況讀書窮理乎。志之弗立、終日從事讀書、亦唯是閑事耳。故爲學莫尚於立志。
緊しく此の志を立て以て之を求めよ。薪を搬び水を運ぶと雖も、亦是れ學の在る所なり。況んや書を讀み理を窮むるをや。志の立たざれば、終日讀書に從事するも、亦唯だ是れ閑事なるのみ。故に學を爲すは立志よりも尚きは莫し。

32)  有志いうしごと利刃りじん百邪ひやくじや辟易へきえき無志むし之人鈍刀どんたう童蒙どうもう侮翫ぶぐわん
有志之士如利刃。百邪辟易。無志之人如鈍刀。童蒙侮翫。
有志の士は利刃のごとし。百邪辟易す。無志の人は鈍刀のごとし。童蒙も侮翫す。

33)  少年せうねん時、まさ 老成らうせい工夫くふう。老成時、當 そん少年志氣しき
少年時、當著老成工夫。老成時、當存少年志氣。
少年の時、當に老成の工夫を著くべし。老成の時、當に少年の志氣を存すべし。

34)  ルヽハもの美コびとくナリ也。しかレドモまた明暗めいあん
容物美コ也。然亦有明暗。
物を容るゝは美コなり。然れども亦明暗有り。

35)  人げんすべかラク レテえら一レ。不カラこば、又不カラまど
人言、須容而擇之。不可拒、又不可惑。
人の言は、須らく容れて之を擇ぶべし。拒むべからず、又惑ふべからず。

36)  ルヽニシテしかのち一レ。人またメヲ。不あたルヽコト、不ムルコト。人亦不メヲ
能容人者、而後可以責人。人亦受其責。不能容人者、不能責人。人亦不受其責。
能く人を容るゝ者にして、而る後以て人を責むべし。人も亦其の責めを受く。人を容るゝこと能はざる者は、人を責むること能はず。人も亦其の責めを受けず。

37)  心之所あらはルヽもつとげん一レいろさつシテレバけん不肖ふせう、人不あたかく
心之所形、尤在於言與色。察言而觀色、賢不肖、人不能廋。
心の形るゝ所、尤も言と色とに在り。言を察して色を觀れば、賢不肖、人廋す能はず。

38)  人賢否けんぴおい初見しよけんさうスルニおほあやま
人賢否、於初見時相之、多不謬。
人の賢否は、初見の時に於て之を相するに、多く謬らず。

39)  愛惡あいを念頭ねんとうもつとわづらハス藻鑑さうかん
愛惡念頭、最累藻鑑。
愛惡の念頭、最も藻鑑を累はす。

40)  富貴ふうきたとヘバすなは春夏しゆんかナリ也。使人心じんしんヲシテとろ貧賤ひんせん、譬ヘバ秋冬しうとうナリ也。使人心ヲシテつゝしゆゑおいテハ富貴ナルニ、則おぼラシこゝろざし、於テハ貧賤ナルニ、則かたクス
富貴、譬則春夏也。使人心蕩。貧賤、譬則秋冬也。使人心肅。故人於富貴、則溺其志、於貧賤、則堅其志。
富貴は、譬へば則ち春夏なり。人心をして蕩けしむ。貧賤は、譬へば則ち秋冬なり。人心をして肅ましむ。故に人富貴なるに於ては、則ち其の志を溺らし、貧賤なるに於ては、則ち其の志を堅くす。

41)  ぶんしかのちルヲ
知分、然後知足。
分を知り、然る後足るを知る。

42)  ユルきのふレドモこれあらたムルいまあやまチヲすくな矣。
悔昨非者有之、改今過者鮮矣。
昨の非を悔ゆる者は之有れども、今の過ちを改むる者は鮮し。

43)  得意とくい時候じこうもつとまさ 退歩たいほ工夫くふう一時いちじ一事いちじまた皆有亢龍かうりよう
得意時候、最當著退歩工夫。一時一事、亦皆有亢龍。
得意の時候に、最も當に退歩の工夫を著くべし。一時一事も、亦皆亢龍有り。

44)  ちようグルうらミヲこれまねクナリ也。なじはなはダシキうとンゼラルヽコトこれすゝムナリ也。
寵過者、怨之招也。昵甚者、疏之漸也。
寵過ぐる者は、怨みを之招くなり。昵み甚だしき者は、疏んぜらるゝこと之漸むなり。

45)  土地とち人民じんみん天物てんぶつナリ也。ケテやしな使ムルヲシテおの〳〵きみしよくナリ也。人君じんくんあるいあやま-おもツテ土地・人民ものナリ、而そこなレヲこれきみぬすムト天物
土地・人民天物也。承而養之、使物各得其所、是君職也。人君或謬謂土地・人民皆我物也、而暴之。此之謂君偸天物。
土地・人民は天物なり。承けて之を養ひ、物をして各其の所を得しむる、是れ君の職なり。人君或は土地・人民は皆我が物なりと謬り謂つて、之を暴ふ。此れを之君天物を偸むと謂ふ。

46)  君ケルしんけん使つかのうともをさ天職てんしよくとも天祿てんろく元首げんしゆ股肱ここうあは-一體いつたいこれこれ人君じんくんいたづラニフノミナラバわれダシ祿俸ろくほうやしな、人まさ はうジテおもむカント驅使くし而已、すなは市道しだうなにもつことナラン
君之於臣、擧賢使能、與治天職、與食天祿、元首・股肱、合成一體。此之謂義。人君若徒謂我出祿俸以畜人、人將報以赴驅使而已、則與市道何以異。
君の臣に於ける、賢を擧げ能を使ひ、與に天職を治め、與に天祿を食み、元首・股肱、一體を合せ成す。此を之義と謂ふ。人君若し徒らに我祿俸を出だし以人を畜ふ、人將に報じて以て驅使に赴かんとすと謂ふのみならば而已、則ち市道と何を以て異ならん。

47)  天たかひくクシテ乾坤けんこんさだマル矣。君臣くんしんぶんすでぞくメニおの〳〵つくスノミしよく而已。ゆゑしんケルきみまさキナリ 畜養きくやうおん何如いかん、而こう-はくむくい也。
天尊地卑、乾坤定矣。君臣之分、已屬天定。各盡其職而已。故臣之於君、當不視畜養之恩何如、而厚薄其報也。
天尊く地卑くして、乾坤定まる。君臣の分、已に天の定めに屬す。各其の職を盡すのみ。故に臣の君に於ける、當に畜養の恩何如を視て、其の報を厚薄せざるべきなり。

48)  たすクル天工てんこうわれしたがツテしやうそこな天物てんぶつ、我從ツテばつ人君じんくんあらルヽモノニわたくし焉。
助天工者、我從而賞之、戕天物者、我從而罰之。人君非容私焉。
天工を助くる者は、我從つて之を賞し、天物を戕ふ者は、我從つて之を罰す。人君は私を容るゝものに非ず。

49)  五穀ごこくおのヅカラしやうズレドモリテ耒耜らいしもつたす人君じんくん財成さいせい輔相ほしやうまたこれ
五穀自生、假耒耜以助之。人君財成・輔相、亦與此似。
五穀自づから生ずれども、耒耜を假りて以て之を助く。人君の財成・輔相も、亦此と似る。

50)  大臣だいじんしよくブルノミ大綱たいかう而已。日間につかん瑣事さじじゆん-スルモ舊套きうたうナリ也。たゞはつがたはつくちしよ之事年間ねんかんおほむ數次すうじなかもちヰル紛更ふんかう勞擾らうぜう
大臣之職、統大綱而已。日間瑣事、遵依舊套可也。但發人難發之口、處人難處之事。年間率不過數次。勿須紛更勞擾。
大臣の職は、大綱を統ぶるのみ。日間の瑣事は、舊套に遵依するも可なり。但し人の發し難き之口を發し、人の處し難き之事を處す。年間率ね數次に過ぎず。紛更勞擾を須ゐる勿れ。
○ 四時錯行、日月代明−『中庸』の語。「四時(しじ・しいじ)」は四季。
○ 数−定まっているもの。命数。
○ 傀儡−くぐつ。文楽などの人形をいう。
○ 念六日−二十六日。

1
○ 太上−至高の存在。聖人に似た語。『曲礼』上篇に見えるが、用例は少い。

4
○ 舜何人也、予何人也−『孟子』滕文公上篇、『荀子』勸學篇の語。

8
○ 崇卑−尊卑、高下。
○ 叔世−澆季、末世。

11
○ 三代−夏殷周。先秦。

13
○ 聖賢所云多聞多見−『論語』爲政編・述而篇等に見える。
14
○ 脩辭立其誠−『易経』乾卦九三爻辞。

15
○ 生生−『周易』繋辞上伝。

20
○ 心下−鳩尾(みぞおち)
○ 痞塞−つかえ、ふさがる。

21
○ 間思−とりとめもない考え。
○ 襲近−近寄る。
○ 肚裏−腹中。

28
○ 大コ不踰閑、小コ出入可−『論語』子張篇の子張の語。
○ 儘−まあ。やや。

29
○ 躬自厚、而薄責人−『論語』衞靈公篇。

30
○ 料理−処理。
○ 宜−もっともなことだ。
○ 窠−穴、巣穴。

31
○ 搬薪運水−薪水は労働すること、活計を立てることの譬え。
32
○ 辟易−たじろぐ、よける。
○ 侮翫−軽んじる、ばかにする。

37
○ 賢不肖−優れた者と愚か者。
○ 廋す−『論語』爲政篇に「視其所以、觀其所由、察其所安、人焉痩哉、人焉痩哉。」とある。

39
○ 念頭−念、思い。
○ 藻鑑−品藻、品定め。

41
○ 知分然後知足−知足安分に似るが、「知分然後」とした意図があるか。

42
○ 鮮−まずいない。

43
○ 有亢龍−『易經』乾卦象傳。「亢龍有悔、盈不可久也。」とある。盈虚常ならぬことの譬え。

44
○ 寵−寵愛。可愛がられること。
○ 招、漸−『周易』の繋辞や文言の表現。

45
○ 天物−『禮記』に「暴天物」、『尚書』に「暴殄天物」等の語が見える。

46
○ 市道−商売道。

48
○ 天物−土地・人民を為政者が天物と捉えるべきことは、(45)に述べている。
○ 戕−残害・暴殄の意。
○ 私−私情。私利私欲。

49
○ 耒耜−鋤(すき)。耒はその柄をいい、耜はその刃をいう。
○ 財成・輔相−財は裁。過剰なものを切り盛りして調整し、欠けているものを助成する。『易経』泰の卦の象伝に「財成天地之道、輔相天地之宜」とある。

50
○ 大臣−幕府の閣老等を指すか。
○ 遵依−より従う。
○ 舊套−ありきたりの様式。
○ 紛更勞擾−濫りな変改や徒らな攪乱をすること。

(本文はtaiju生作「漢文エディタ」原文よりHTMLに変換したものである。原文は後日利用の便を考えて、このファイルに含めてある。又、上下のコラムを連動させるスクリプトも入っている。)