孟子
離婁章句 上
(
1)
孟子曰
ク、
離婁ノ之
明、
公輸子ノ之
巧モ、不
レバレ以テセ二規矩ヲ一、不
レ能ハレ成スコト二方員ヲ一。
師曠ノ之
聰モ、不
レバレ以
テセ二六律ヲ一、不
レ能
ハレ正スコト二五音ヲ一。
堯舜ノ之
道モ、不
レバレ以
テセ二仁政ヲ一、不
レ能
ハ三平-二治スルコト天下ヲ一。
今有
レドモ二仁ナル心、仁
ナル聞エ一、而
民不
レ被ラ二其ノ澤ヲ一、不
ルレ可
カラレ法トセラル二於
後世ニ一者ハ、不
レバナリレ行ハ二先王ノ之道
ヲ一也。
故ニ曰
ク、
徒ラナル善ハ不
レ足ラ二以
テ爲スニ一レ政ヲ、徒
ラナル法ハ不
トレ能
ハ二以
テ自カラ行ハルヽコト一。
詩ニ云ク、不
レ愆ラ不
レ忘レ、
率ヒ-二由ルト舊章ニ一。
遵ヒテ二先王
ノ之
法ニ一而
過ツ者ハ、
未ダルナリ 二之有
ラ一也。
聖人
既ニ竭シテヨリ二目ノ力ヲ一焉、
繼グニレ之ニ以テシ二規矩準繩ヲ一、
以テ爲ルコト二方員平直ヲ一、不
ルナリレ可
カラ二勝ゲテ用ヰル一也。既
ニ竭
シテヨリ二耳ノ力
ヲ一焉、繼
グニレ之
ニ以
テシ二六律ヲ一、
正スコト二五音ヲ一、不
ルナリレ可
カラ二勝
ゲテ用
ヰル一也。既
ニ竭
シテヨリ二心思ヲ一焉、繼
グニレ之
ニ以
テシ二不
ルレ忍ビレ人
ニ之
政ヲ一、
而シテ仁ハ覆ヘリ二天下
ヲ一矣。
故ニ曰
ク、
爲スハレ高キヲ必ズ因リ二丘陵ニ一、爲
スハレ下キヲ必
ズ因
ルト二川澤ニ一。爲
スニレ政
ヲ不
ンバレ因
ラ二先王ノ之
道ニ一、可
ケンヤレ謂フレ智ナリト乎。
是ヲ以テ惟ダ仁者ノミ宜シクキナリ レ在ル二高位ニ一。
不仁ニシテ而在
ルハ二高位
ニ一、
是レ播クナリ二其ノ惡ヲ於
衆ニ一也。
上ニ無
ク二道揆一也、
下ニ無
ク二法守一也、
朝ハ不
レ信ゼレ道ヲ、
工ハ不
レ信
ゼレ度ヲ、
君子ハ犯シレ義ヲ、
小人ハ犯
シテレ刑ヲ、
國ノ之所
ノレ存スル者
ハ幸ヒナリ也。
故ニ曰ク、
城郭不
レ完カラ、
兵甲不
ルハレ多カラ、
非ザルナリ二國
ノ之
災ヒニ一也。
田野不
レ辟ケ、
貨財不
ルハレ聚マラ、非
ザルナリ二國
ノ之
害ニ一也
ト。
上ニ無
クレ禮、
下ニ無
ケレバレ學、
賊民興リ、
喪ブルコト無
ケンレ日矣。
詩ニ曰
ク、天
ノ方ニ蹶ラントスルニ、無
カレト二然ク泄泄タルコト一。泄泄
トハ猶ホキナリ 二沓沓タルガ一也。
事フレドモレ君
ニ無
クレ義、
進退ニ無
クレ禮、
言ヘバ則チ非ル二先王ノ之道
ヲ一者
ハ、猶
ホキナリ 二沓沓
タルガ一。故
ニ曰
ク、
責ムル二難キヲ於
君ニ一、
謂ヒ二之
ヲ恭ト一、
陳ベレ善ヲ閉グレ邪ヲ、謂
ヒ二之
ヲ敬ト一、
吾ガ君ヲ不
トスルレ能ハ、謂
フト二之
ヲ賊ト一。
孟子曰、離婁之明、公輸子之巧、不以規矩、不能成方員。師曠之聰、不以六律、不能正五音。堯舜之道、不以仁政、不能平治天下。今有仁心、仁聞、而民不被其澤、不可法於後世者、不行先王之道也。故曰、徒善不足以爲政、徒法不能以自行。詩云、不愆不忘、率由舊章。遵先王之法而過者、未之有也。
聖人既竭目力焉、繼之以規矩準繩、以爲方員平直、不可勝用也。既竭耳力焉、繼之以六律、正五音、不可勝用也。既竭心思焉、繼之以不忍人之政、而仁覆天下矣。
故曰、爲高必因丘陵、爲下必因川澤。爲政不因先王之道、可謂智乎。
是以惟仁者宜在高位。不仁而在高位、是播其惡於衆也。
上無道揆也、下無法守也、朝不信道、工不信度、君子犯義、小人犯刑、國之所存者幸也。故曰、城郭不完、兵甲不多、非國之災也。田野不辟、貨財不聚、非國之害也。
上無禮、下無學、賊民興、喪無日矣。詩曰、天方蹶、無然泄泄。泄泄猶沓沓也。事君無義、進退無禮、言則非先王之道者、猶沓沓。故曰、責難於君、謂之恭、陳善閉邪、謂之敬、吾君不能、謂之賊。
孟子曰く、離婁の明、公輸子の巧も、規矩を以てせざれば、方員を成すこと能はず。師曠の聰も、六律を以てせざれば、五音を正すこと能はず。堯舜の道も、仁政を以てせざれば、天下を平治すること能はず。今仁なる心、仁なる聞え有れども、民其の澤を被らず、後世に法とせらるべからざる者は、先王の道を行はざればなり。故に曰く、徒らなる善は以て政を爲すに足らず、徒らなる法は以て自から行はるゝこと能はずと。詩に云く、愆らず忘れず、舊章に率ひ由ると。先王の法に遵ひて過つ者は、未だ之有らざるなり。
聖人既に目の力を竭してより、之に繼ぐに規矩準繩を以てし、以て方員平直を爲ること、勝げて用ゐるべからざるなり。既に耳の力を竭してより、之に繼ぐに六律を以てし、五音を正すこと、勝げて用ゐるべからざるなり。既に心思を竭してより、之に繼ぐに人に忍びざる之政を以てし、而して仁は天下を覆へり。
故に曰く、高きを爲すは必ず丘陵に因り、下きを爲すは必ず川澤に因ると。政を爲すに先王の道に因らずんば、智なりと謂ふべけんや。
是を以て惟だ仁者のみ宜しく高位に在るべきなり。不仁にして高位に在るは、是れ其の惡を衆に播くなり。
上に道揆無く、下に法守無く、朝は道を信ぜず、工は度を信ぜず、君子は義を犯し、小人は刑を犯して、國の存する所の者は幸ひなり。故に曰く、城郭完からず、兵甲多からざるは、國の災ひに非ざるなり。田野辟けず、貨財聚まらざるは、國の害に非ざるなりと。
上に禮無く、下に學無ければ、賊民興り、喪ぶること日無けん。詩に曰く、天の方に蹶らんとするに、然く泄泄たること無かれと。泄泄とは猶ほ沓沓たるがごときなり。君に事ふれども義無く、進退に禮無く、言へば則ち先王の道を非る者は、猶ほ沓沓たるがごときなり。故に曰く、難きを君に責むる、之を恭と謂ひ、善を陳べ邪を閉ぐ、之を敬と謂ひ、吾が君を能はずとする、之を賊と謂ふと。
(
2)
孟子曰
ク、
規矩ハ方員ノ之
至リニシテ也、
聖人ハ人倫ノ之
至リナリ也。
欲セバレ爲ラントレ君盡シ二君
ノ道
ヲ一、欲
セバレ爲
ラントレ臣盡
ス二臣
ノ道
ヲ一。
二者トモ皆
法ルノミ二堯舜ニ一而已矣。不
ルハ下以
テ三舜ノ之
所-二以ヲ事フル一レ堯ニ事
ヘ上レ君
ニ、不
ルレ敬セ二其ノ君
ヲ一者
ニシテ也、不
ルハ下以
テ三堯
ノ之所
-二以
ヲ治ムル一レ民ヲ治
メ上レ民
ヲ、
賊フ二其
ノ民
ヲ一者
ナリ也。
孔子曰
ク、道
ハ二
ツ、
仁ト與アルノミ二不仁一而已矣
ト。
暴フコト二其
ノ民
ヲ一甚ダシケレバ、
則チ身ハ弑セラレ國ハ亡ブ。不
レバレ甚
ダシカラ、則
チ身
ハ危フク國
ハ削ラル。
名ヅケテレ之
ヲ曰フ二幽ト一。
雖モ二孝子・
慈孫ト一、
百世不
ルナリレ能ハレ改ムルコト也。
詩ニ云ク、
殷鍳不
レ遠カラ、
在リト二夏后ノ之
世ニ一。
此レヲ之謂フナリ也
ト。
孟子曰、規矩方員之至也、聖人人倫之至也。欲爲君盡君道、欲爲臣盡臣道。二者皆法堯舜而已矣。不以舜之所以事堯事君、不敬其君者也、不以堯之所以治民治民、賊其民者也。孔子曰、道二、仁與不仁而已矣。暴其民甚、則身弑國亡。不甚、則身危國削。名之曰幽氏B雖孝子・慈孫、百世不能改也。詩云、殷鍳不遠、在夏后之世。此之謂也。
孟子曰く、規矩は方員の至りにして、聖人は人倫の至りなり。君たらんと欲せば君の道を盡し、臣たらんと欲せば臣の道を盡す。二者とも皆堯舜に法るのみ。舜の堯に事ふる所以を以て君に事へざるは、其の君を敬せざる者にして、堯の民を治むる所以を以て民を治めざるは、其の民を賊ふ者なり。孔子曰く、道は二つ、仁と不仁とあるのみと。其の民を暴ふこと甚だしければ、則ち身は弑せられ國は亡ぶ。甚だしからざれば、則ち身は危ふく國は削らる。之を名づけて幽獅ニ曰ふ。孝子・慈孫と雖も、百世改むること能はざるなり。詩に云く、殷鍳遠からず、夏后の世に在りと。此れを之謂ふなりと。
(
3)
孟子曰
ク、
三代ノ之
得ルハ二天下ヲ一也
以テシレ仁ヲ、
其ノ失フハ二天下
ヲ一也
以テス二不仁ヲ一。
國ノ之
所-二以ノ廢興存亡スル一者モ亦然リ。
天子不仁
ナレバ不
レ保ンゼ二四海ヲ一、
ゥ侯不仁
ナレバ不
レ保
ンゼ二社稷ヲ一、
卿大夫不仁
ナレバ不
レ保
ンゼ二宗廟ヲ一、
士庶人不仁
ナレバ不
レ保
ンゼ二四體ヲ一。
今惡ミテ二死亡ヲ一而
樂シムハ二不仁ヲ一、
是レ猶ホシト 二惡
ミテレ醉ヒヲ而
強フルガ一レ酒ヲ。
孟子曰、三代之得天下也以仁、其失天下也以不仁。國之所以廢興存亡者亦然。天子不仁不保四海、ゥ侯不仁不保社稷、卿大夫不仁不保宗廟、士庶人不仁不保四體。今惡死亡而樂不仁、是猶惡醉而強酒。
孟子曰く、三代の天下を得るは仁を以てし、其の天下を失ふは不仁を以てす。國の廢興存亡する所以の者も亦然り。天子不仁なれば四海を保んぜず、ゥ侯不仁なれば社稷を保んぜず、卿大夫不仁なれば宗廟を保んぜず、士庶人不仁なれば四體を保んぜず。今死亡を惡みて不仁を樂しむは、是れ猶ほ醉ひを惡みて酒を強ふるがごとしと。
(
4)
孟子曰
ク、
愛セドモレ人
ヲ不
レバレ親シマ、
反レ二其ノ仁ニ一、
治ムレドモレ人
ヲ不
レバレ治
マラ、反
レ二其
ノ智ニ一、
禮マヘドモレ人
ヲ不
レバレ答ヘ、反
レ二其
ノ敬ニ一。
行フニ有レバ二不
ルレ得者一、
皆反ツテ求メヨ二ゥヲ己ニ一。
其ノ身正シケレバ、而
天下モ歸センレ之ニ。
詩ニ云ク、
永ク言ニ配ヒレ命ニ、
自テ求メヨト二多福ヲ一。
孟子曰、愛人不親、反其仁、治人不治、反其智、禮人不答、反其敬。行有不得者、皆反求ゥ己。其身正、而天下歸之。詩云、永言配命、自求多福。
孟子曰く、人を愛せども親しまざれば、其の仁に反れ、人を治むれども治まらざれば、其の智に反れ、人を禮まへども答へざれば、其の敬に反れ。行ふに得ざる者有れば、皆反つてゥを己に求めよ。其の身正しければ、天下も之に歸せん。詩に云く、永く言に命に配ひ、自て多福を求めよと。
(
5)
孟子曰
ク、人
有リテ二恆ニ言ヘルコト一、
皆曰フ二天下國家ト一。天下
ノ之
本ハ在リレ國ニ、國
ノ之本
ハ在
リレ家ニ、家
ノ之本
ハ在
リトレ身ニ。
孟子曰、人有恆言、皆曰天下國家。天下之本在國、國之本在家、家之本在身。
孟子曰く、人恆に言へること有りて、皆天下國家と曰ふ。天下の本は國に在り、國の本は家に在り、家の本は身に在りと。
(
6)
孟子曰
ク、
爲スハレ政ヲ不
レ難カラ。不
レレ得二罪ヲ於
巨室ニ一。巨室
ノ之
所ハレ慕フ、
一國モ慕
ヒレ之ヲ、一國
ノ之所
ハレ慕
フ、
天下モ慕
フレ之
ヲ。
故ニ沛然トシテコヘ溢ルト二乎
四海ニ一。
孟子曰、爲政不難。不得罪於巨室。巨室之所慕、一國慕之、一國之所慕、天下慕之。故沛然コヘ溢乎四海。
孟子曰く、政を爲すは難からず。罪を巨室に得ざれ。巨室の慕ふ所は、一國も之を慕ひ、一國の慕ふ所は、天下も之を慕ふ。故に沛然としてコヘ四海に溢ると。
(
7)
孟子曰
ク、天下
ニ有
レバレ道、
小コハ役セラレ二大コニ一、
小賢ハ役
セラル二大賢ニ一。天下
ニ無
ケレバレ道、
小ハ役
セラレレ大ニ、
弱ハ役
セラルレ強ニ。
斯ノ二者ハ天ナリ也。
順フレ天
ニ者ハ存シ、
逆ラフレ天
ニ者
ハ亡ブ。
齊景公曰
ク、
既ニ不
ルニレ能ハレ令スルコト、又不
ルハレ受
ケレ命ヲ、
是レ絶ヤスナリレ物ヲ也
ト。
涕ヲ出ダシテ而
女ス二於
呉ニ一。
今ヤ也
小國ハ師トスレドモ二大國ヲ一、而
恥ヅレ受
クルヲレ命
ヲ焉。
是レ猶ホキナリ 二弟子ニシテ而恥
ヅルガ一レ受
クルヲ二命
ヲ於
先師ニ一也。
如シ恥トセバレ之ヲ、
莫シレ若クハレ師
トスルニ二文王ヲ一。師
トセバ二文王
ヲ一、大國
ハ五年、小國
ハ七年ニシテ、
必ズ爲サン二政ヲ於
天下ニ一矣。詩
ニ云ク、
商ノ之
孫子、
其ノ麗不億ナリ。
上帝既ニ命ズラク、
侯レ于
レ周ニ服セト。侯
レ服
スルハ二于周
ニ一、
天命靡ケレバナリレ常。
殷ノ士ノ膚レテ敏ナルハ、
祼シテ將ケタリト二于
京ニ一。孔子
曰ハク、
仁ニハ不
レ可
カラレ爲スレ衆ヲ也。
夫レ國君好メバレ仁
ヲ、
天下ニ無
シトレ敵スルモノ。
今ヤ也
欲スレドモレ無
カラントレ敵
スルモノ二於天下
ニ一、而不
レ以テセレ仁
ヲ。
是レ猶ホキナリ 三執ルニレ熱キヲ而不
ルガ二以
テ濯ハ一也。詩
ニ云
ク、
誰カ能ク執
ルニレ熱
キヲ、
逝ニ不
ラント二以
テ濯
ハ一。
孟子曰、天下有道、小コ役大コ、小賢役大賢。天下無道、小役大、弱役強。斯二者天也。順天者存、逆天者亡。齊景公曰、既不能令、又不受命、是絶物也。涕出而女於呉。今也小國師大國、而恥受命焉。是猶弟子而恥受命於先師也。
如恥之、莫若師文王。師文王、大國五年、小國七年、必爲政於天下矣。詩云、商之孫子、其麗不億。上帝既命、侯于周服。侯服于周、天命靡常。殷士膚敏、祼將于京。孔子曰、仁不可爲衆也。夫國君好仁、天下無敵。今也欲無敵於天下、而不以仁。是猶執熱而不以濯也。詩云、誰能執熱、逝不以濯。
孟子曰く、天下に道有れば、小コは大コに役せられ、小賢は大賢に役せらる。天下に道無ければ、小は大に役せられ、弱は強に役せらる。斯の二者は天なり。天に順ふ者は存し、天に逆らふ者は亡ぶ。齊景公曰く、既に令すること能はざるに、又命を受けざるは、是れ物を絶やすなりと。涕を出だして呉に女す。今や小國は大國を師とすれども、命を受くるを恥づ。是れ猶ほ弟子にして命を先師に受くるを恥づるがごときなり。
如し之を恥とせば、文王を師とするに若くは莫し。文王を師とせば、大國は五年、小國は七年にして、必ず政を天下に爲さん。詩に云く、商の孫子、其の麗不億なり。上帝既に命ずらく、侯れ周に服せと。侯れ周に服するは、天命常靡ければなり。殷の士の膚れて敏なるは、祼して京に將けたりと。孔子曰はく、仁には衆を爲すべからず。夫れ國君仁を好めば、天下に敵するもの無しと。今や天下に敵するもの無からんと欲すれども、仁を以てせず。是れ猶ほ熱きを執るに以て濯はざるがごときなり。詩に云く、誰か能く熱きを執るに、逝に以て濯はざらんと。
(
8)
孟子曰
ク、
不仁ナル者ハ可
ケンヤ二與ニ言フ一哉。
安ンジテ二其ノ危キニ一、而
利シ二其
ノ菑ニ一、
樂シム下其
ノ所-二以ノ亡ブル一者ヲ上。不仁
ニシテ而可
クンバ二與
ニ言
フ一、
則チ何ノ亡
ボシレ國ヲ敗ルコトカレ家ヲ之有
ラン。有
リ二孺子一歌ヒテ曰ク、
滄浪ノ之
水Cマバ兮、可
シ三以テ濯フ二我ガ纓ヲ一、滄浪
ノ之水
濁ラバ兮、可
シト三以
テ濯
フ二我
ガ足ヲ一。孔子
曰ハク、
小子聽ケレ之
ヲ、C
マヾ斯チ濯
ヒレ纓
ヲ、濁
ラバ斯
チ濯
フトレ足
ヲ矣。
自ラ取ルナリレ之
ヲ也
ト。
夫レ人
ハ必ズ自ラ侮リテ、
然ル後ニ人侮
ルレ之ヲ。家
モ必
ズ自
ラ毀リテ、而
ル後
ニ人毀
ルレ之
ヲ。國
モ必
ズ自
ラ伐ヒテ、而
ル後
ニ人伐
フレ之
ヲ。
太甲ニ曰
ク、天
ノ作スハレ孽ヲ猶ホ可
シレ違ク、
自ラ作
スハレ孽
ヲ不
トレ可
カラレ活ル。
此レヲ之謂フナリ也
ト。
孟子曰、不仁者可與言哉。安其危、而利其菑、樂其所以亡者。不仁而可與言、則何亡國敗家之有。有孺子歌曰、滄浪之水C兮、可以濯我纓、滄浪之水濁兮、可以濯我足。孔子曰、小子聽之、C斯濯纓、濁斯濯足矣。自取之也。夫人必自侮、然後人侮之。家必自毀、而後人毀之。國必自伐、而後人伐之。太甲曰、天作孽猶可違、自作孽不可活。此之謂也。
孟子曰く、不仁なる者は與に言ふべけんや。其の危きに安んじて、其の菑に利し、其の亡ぶる所以の者を樂しむ。不仁にして與に言ふべくんば、則ち何の國を亡ぼし家を敗ることか之有らん。孺子有り歌ひて曰く、滄浪の水Cまば、以て我が纓を濯ふべし、滄浪の水濁らば、以て我が足を濯ふべしと。孔子曰はく、小子之を聽け、Cまゞ斯ち纓を濯ひ、濁らば斯ち足を濯ふと。自ら之を取るなりと。夫れ人は必ず自ら侮りて、然る後に人之を侮る。家も必ず自ら毀りて、而る後に人之を毀る。國も必ず自ら伐ひて、而る後に人之を伐ふ。太甲に曰く、天の孽を作すは猶ほ違くべし、自ら孽を作すは活るべからずと。此れを之謂ふなりと。
(
9)
孟子曰
ク、
桀紂ノ之
失フハ二天下
ヲ一也、
失ヘバナリ二其ノ民ヲ一也。失
フハ二其
ノ民
ヲ一者、失
ヘバナリ二其
ノ心ヲ一也。
得ルニ二天下
ヲ一有
リレ道、
得レバ二其
ノ民
ヲ一、
斯チ得ン二天下
ヲ一矣。得
ルニ二其
ノ民
ヲ一有
リレ道、得
レバ二其
ノ心
ヲ一、
斯チ得
ンレ民
ヲ矣。得
ルニ二其
ノ心
ヲ一有
リレ道、所
ハレ欲スル與ニレ之
ガ聚メレ之
ヲ、所
ハレ惡ム勿キノミレ施スコト爾也。
民
ノ之
歸スルハレ仁ニ也、
猶ホシ 二水ノ之
就キレ下キニ、
獸ノ之
走ルガ一レ壙ニ。
故ニ爲メニレ淵ノ敺ルレ魚ヲ者
ハ獺ニシテ也、
爲メニレ叢ノ敺
ルレ爵ヲ者
ハ鸇ナリ也。爲
メニ二湯武ノ一敺
ルレ民
ヲ者
ハ桀紂
ナリ也。今天下
ノ之
君ニ有
ラバ二好ムレ仁
ヲ者
一、
則チゥ侯ハ皆爲
メニレ之
ガ敺
ラン矣。
雖モレ欲ストレ無
カラントレ王タルコト、不
ルノミレ可
カラレ得已。
今ノ之欲
スルレ王
タラント者
ハ、
猶ホシ 三七年ノ之
病ニ求
ムルガ二三年
ノ之
艾ヲ一也。
苟クモ爲サバレ不
ルコトヲレ畜ヘ、
終フルマデレ身ヲ不
ランレ得。苟
クモ不
ンバレ志サ二於
仁ニ一、終
フルマデレ身
ヲ憂ヘ辱メラレテ、
以テ陷ラン二於
死亡ニ一。
詩ニ云ク、
其レ何ゾ能ク淑カラン、
載チ胥及ニ溺ルト。
此レヲ之謂フナリ也
ト。
孟子曰、桀紂之失天下也、失其民也。失其民者、失其心也。得天下有道、得其民、斯得天下矣。得其民有道、得其心、斯得民矣。得其心有道、所欲與之聚之、所惡勿施爾也。
民之歸仁也、猶水之就下、獸之走壙。故爲淵敺魚者獺也、爲叢敺爵者鸇也。爲湯武敺民者桀紂也。今天下之君有好仁者、則ゥ侯皆爲之敺矣。雖欲無王、不可得已。今之欲王者、猶七年之病求三年之艾也。苟爲不畜、終身不得。苟不志於仁、終身憂辱、以陷於死亡。詩云、其何能淑、載胥及溺。此之謂也。
孟子曰く、桀紂の天下を失ふは、其の民を失へばなり。其の民を失ふは、其の心を失へばなり。天下を得るに道有り、其の民を得れば、斯ち天下を得ん。其の民を得るに道有り、其の心を得れば、斯ち民を得ん。其の心を得るに道有り、欲する所は之が與に之を聚め、惡む所は施すこと勿きのみ。
民の仁に歸するは、猶ほ水の下きに就き、獸の壙に走るがごとし。故に淵の爲めに魚を敺る者は獺にして、叢の爲めに爵を敺る者は鸇なり。湯武の爲めに民を敺る者は桀紂なり。今天下の君に仁を好む者有らば、則ちゥ侯は皆之が爲めに敺らん。王たること無からんと欲すと雖も、得べからざるのみ。今の王たらんと欲する者は、猶ほ七年の病に三年の艾を求むるがごとし。苟くも畜へざることを爲さば、身を終ふるまで得ざらん。苟くも仁に志さずんば、身を終ふるまで憂へ辱められて、以て死亡に陷らん。詩に云く、其れ何ぞ能く淑からん、載ち胥及に溺ると。此れを之謂ふなりと。
(
10)
孟子曰
ク、
自ラ暴フ者ハ不
レ可
カラ二與ニ有
ル一レ言フコト也、
自ラ棄ツル者
ハ不
レ可
カラ二與
ニ有
ル一レ爲スコト也。
言ノ非ル二禮義ヲ一、
謂ヒ二之ヲ自ラ暴フト一也、
吾ガ身ノ不
ルレ能ハ二居リレ仁ニ由ルコト一レ義ニ、謂
フ二之
ヲ自
ラ棄
ツルト一也。
仁ハ人
ノ之
安宅ニシテ也、
義ハ人
ノ之
正路ナリ也。
曠シウシテ二安宅
ヲ一而
弗レ居ラ、
舍テヽ二正路
ヲ一而不
レ由ラ。
哀シイカナ哉
ト。
孟子曰、自暴者不可與有言也、自棄者不可與有爲也。言非禮義、謂之自暴也、吾身不能居仁由義、謂之自棄也。仁人之安宅也、義人之正路也。曠安宅而弗居、舍正路而不由。哀哉。
孟子曰く、自ら暴ふ者は與に言ふこと有るべからず、自ら棄つる者は與に爲すこと有るべからず。言の禮義を非る、之を自ら暴ふと謂ひ、吾が身の仁に居り義に由ること能はざる、之を自ら棄つると謂ふ。仁は人の安宅にして、義は人の正路なり。安宅を曠しうして居らず、正路を舍てゝ由らず。哀しいかなと。
(
11)
孟子曰
ク、
道ハ在ルニレ爾キニ、
而モ求メ二ゥヲ遠キニ一、
事ハ在
ルニレ易キニ、而
モ求
ム二之
ヲ難キニ一。
人人ニ親トシ二其ノ親ヲ一、
長トスレバ二其
ノ長ヲ一、
而チ天下ハ平カナリト。
孟子曰、道在爾、而求ゥ遠、事在易、而求之難。人人親其親、長其長、而天下平。
孟子曰く、道は爾きに在るに、而もゥを遠きに求め、事は易きに在るに、而も之を難きに求む。人人に其の親を親とし、其の長を長とすれば、而ち天下は平かなりと。
(
12)
孟子曰
ク、
居テ二下位ニ一而不
レバレ獲ラレ二於
上ニ一、
民ハ不
レ可
カラ二得テ而
治ム一也。獲
ラルヽニ二於上
ニ一有
リレ道。不
レバレ信ゼラレ二於
友ニ一、
弗ランレ獲
ラレ二於上
ニ一矣。信
ゼラルヽニ二於友
ニ一有
リレ道。
事ヘテレ親ニ弗レバレ悦バレ、
弗ランレ信
ゼラレ二於友
ニ一矣。悦
バルヽニレ親
ニ有
リレ道。
反ミテレ身ヲ不
レバレ誠ナラ、不
ランレ悦
バレ二於親
ニ一矣。
誠ニスルニレ身
ヲ有
リレ道。不
レバレ明ラカナラ二乎
善ニ一、不
ランレ誠
ニセ二其
ノ身
ヲ一矣。
是ノ故ニ誠トハ者、
天ノ之
道ニシテ也、
思フハレ誠
ヲ者、人
ノ之道
ナリ也。
至誠ナルニ而不
ルレ動カサレ者ハ、
未ダ二之有
ラ一也、不
ルニレ誠ナラ、未
ダルナリ レ有
ラ二能ク動カス者モ一也
ト。
孟子曰、居下位而不獲於上、民不可得而治也。獲於上有道。不信於友、弗獲於上矣。信於友有道。事親弗悦、弗信於友矣。悦親有道。反身不誠、不悦於親矣。誠身有道。不明乎善、不誠其身矣。
是故誠者、天之道也、思誠者、人之道也。至誠而不動者、未之有也、不誠、未有能動者也。
孟子曰く、下位に居て上に獲られざれば、民は得て治むべからず。上に獲らるゝに道有り。友に信ぜられざれば、上に獲られざらん。友に信ぜらるゝに道有り。親に事へて悦ばれざれば、友に信ぜられざらん。親に悦ばるゝに道有り。身を反みて誠ならざれば、親に悦ばれざらん。身を誠にするに道有り。善に明らかならざれば、其の身を誠にせざらん。
是の故に誠とは、天の道にして、誠を思ふは、人の道なり。至誠なるに動かされざる者は、未だ之有らず、誠ならざるに、未だ能く動かす者も有らざるなりと。
(
13)
孟子曰
ク、
伯夷辟ケテレ紂ヲ居リ二北海ノ之
濱ニ一。聞
キテ二文王ノ作興スルヲ一曰
ク、
盍ゾルヤ レ歸セ乎來。
吾ハ聞
ケリ、
西伯ハ善ク養フレ老ヲ者ナリト。
太公辟
ケテレ紂
ヲ居
リ二東海ノ之濱
ニ一。聞
キテ二文王
ノ作興
スルヲ一曰
ク、盍
ゾルヤ レ歸
セ乎來。吾
ハ聞
ケリ、西伯
ハ善
ク養
フレ老
ヲ者
ナリト。
二老ハ者
天下ノ之
大老ナレドモ也、
而モ歸スレ之ニ。
是レ天下
ノ之
父歸
スルナリレ之
ニ也。天下
ノ之父歸
スレバレ之
ニ、
其ノ子焉クニカ往カン。
ゥ侯ニ有ラバ下行フ二文王
ノ之
政ヲ一者上、
七年ノ之
内ニ必ズ爲サン二政ヲ於天下
ニ一矣
ト。
孟子曰、伯夷辟紂居北海之濱。聞文王作興曰、盍歸乎來。吾聞、西伯善養老者。太公辟紂居東海之濱。聞文王作興曰、盍歸乎來。吾聞、西伯善養老者。二老者天下之大老也、而歸之。是天下之父歸之也。天下之父歸之、其子焉往。ゥ侯有行文王之政者、七年之内必爲政於天下矣。
孟子曰く、伯夷紂を辟けて北海の濱に居り。文王の作興するを聞きて曰く、盍ぞ歸せざるや。吾は聞けり、西伯は善く老を養ふ者なりと。太公紂を辟けて東海の濱に居り。文王の作興するを聞きて曰く、盍ぞ歸せざるや。吾は聞けり、西伯は善く老を養ふ者なりと。二老は天下の大老なれども、而も之に歸す。是れ天下の父之に歸するなり。天下の父之に歸すれば、其の子焉くにか往かん。ゥ侯に文王の政を行ふ者有らば、七年の内に必ず政を天下に爲さんと。
(
14)
孟子曰
ク、
求ハ也
爲レドモ二季氏ノ宰ト一、
無ク三能ク改メシムルコト二於
其ノコヲ一、
而モ賦スルコトレ粟ヲ倍セリ二他日ニ一。孔子
曰ハク、求
ハ非ズ二我ガ徒ニ一也、
小子鳴ラシテレ鼓ヲ而
攻メテレ之ヲ可ナリ也
ト。
由リテレ此レニ觀レバレ之ヲ、
君不
ルニレ行ハ二仁政ヲ一而モ富マスルハレ之ヲ、
皆棄テラルヽ二於孔子
ニ一者ナリ也。
況ンヤ於テヲヤ二爲メニレ之ガ強ヒテ戰ヒ、
爭フニレ地ヲ以テシレ戰
ヒヲ、
殺シテレ人
ヲ盈タシメレ野ニ、爭
フニレ城ヲ以
テシレ戰
ヒヲ、殺
シテレ人
ヲ盈
タシムルニ一レ城
ニ。
此レ所ルレ謂ハ率ヰテ二土地
ヲ一而
食マシムルナリ二人肉ヲ一。
罪不
レ容レ二於
死ニ一。
故ニ善ク戰フ者
ハ服セシメ二上刑ニ一、
連ヌル二ゥ侯ヲ一者次ギレ之ニ、
辟キ二草萊ヲ一任ズル二土地
ニ一者
次グトレ之
ニ。
孟子曰、求也爲季氏宰、無能改於其コ、而賦粟倍他日。孔子曰、求非我徒也、小子鳴鼓而攻之可也。由此觀之、君不行仁政而富之、皆棄於孔子者也。況於爲之強戰、爭地以戰、殺人盈野、爭城以戰、殺人盈城。此所謂率土地而食人肉。罪不容於死。故善戰者服上刑、連ゥ侯者次之、辟草萊任土地者次之。
孟子曰く、求は季氏の宰と爲れども、能く其のコを改めしむること無く、而も粟を賦すること他日に倍せり。孔子曰はく、求は我が徒に非ず、小子鼓を鳴らして之を攻めて可なりと。此れによりて之を觀れば、君仁政を行はざるに而も之を富まするは、皆孔子に棄てらるゝ者なり。況んや之が爲めに強ひて戰ひ、地を爭ふに戰ひを以てし、人を殺して野に盈たしめ、城を爭ふに戰ひを以てし、人を殺して城に盈たしむるに於てをや。此れ謂はゆる土地を率ゐて人肉を食ましむるなり。罪死に容れず。故に善く戰ふ者は上刑に服せしめ、ゥ侯を連ぬる者之に次ぎ、草萊を辟き土地に任ずる者之に次ぐと。
(
15)
孟子曰
ク、
存スル二乎
人ニ一者ハ、
莫シレ良キハ二於
眸子ヨリ一。眸子
ハ不
レ能ハレ掩フコト二其ノ惡ヲ一。
胷中正シケレバ、
則チ眸子
暸カニシテ焉、胷中不
レバレ正
シカラ、則
チ眸子
眊シ焉。
聽キテ二其ノ言ヲ一也、
觀レバ二其
ノ眸子
ヲ一、人
焉クンゾ廋サンヤ哉
ト。
孟子曰、存乎人者、莫良於眸子。眸子不能掩其惡。胷中正、則眸子暸焉、胷中不正、則眸子眊焉。聽其言也、觀其眸子、人焉廋哉。
孟子曰く、人に存する者は、眸子より良きは莫し。眸子は其の惡を掩ふこと能はず。胷中正しければ、則ち眸子暸かにして、胷中正しからざれば、則ち眸子眊し。其の言を聽きて、其の眸子を觀れば、人焉くんぞ廋さんやと。
(
16)
孟子曰
ク、
恭ム者ハ不
レ侮ラレ人ヲ、
儉ヤカナル者
ハ不
レ奪ハレ人
ヨリ。
侮リ-二奪フ人
ヲ一之
君ハ、
惟ダ恐ルレ不
ランコトヲレ順ハレ焉。
惡クンゾ得ンレ爲スヲ二恭儉ナリト一。恭儉
ナルコトハ豈ニ可ケンヤ下以テ二聲音笑貌ヲ一爲ス上哉
ト。
孟子曰、恭者不侮人、儉者不奪人。侮奪人之君、惟恐不順焉。惡得爲恭儉。恭儉豈可以聲音笑貌爲哉。
孟子曰く、恭む者は人を侮らず、儉やかなる者は人より奪はず。人を侮り奪ふ之君は、惟だ順はれざらんことを恐る。惡くんぞ恭儉なりと爲すを得ん。恭儉なることは豈に聲音笑貌を以て爲すべけんやと。
(
17)
淳于髠曰
ク、
男女ノ授受スルニ不
ルハレ親ラセ、
禮カ與
ト。
孟子曰
ク、禮
ナリ也
ト。
曰
ク、
嫂溺レバ則チ援フニレ之ヲ以テスルカレ手ヲ乎
ト。
曰
ク、嫂溺
ルヽニ不
ルハレ援
ハ、
是レ豺狼ナリ也。男女授受
スルニ不
ルハレ親
ラセ禮
ナリ也。嫂溺
レバ援
フニレ之
ヲ以
テスルハレ手
ヲ者、
權ナリ也
ト。
曰
ク、
今天下ハ溺レタルニ矣、
夫子ノ之不
ルハレ援ハ、
何ゾヤ也
ト。
曰
ク、天下溺
ルレバ援
フニレ之
ヲ以
テシレ道ヲ、嫂溺
ルレバ援
フニレ之
ヲ以
テスルナリレ手
ヲ。
子ハ欲スルカ三手モテ援
ハント二天下
ヲ一乎
ト。
淳于髠曰、男女授受不親、禮與。
孟子曰、禮也。
曰、嫂溺則援之以手乎。
曰、嫂溺不援、是豺狼也。男女授受不親禮也。嫂溺援之以手者、權也。
曰、今天下溺矣、夫子之不援、何也。
曰、天下溺援之以道、嫂溺援之以手。子欲手援天下乎。
淳于髠曰く、男女の授受するに親らせざるは、禮かと。
孟子曰く、禮なりと。
曰く、嫂溺れば則ち之を援ふに手を以てするかと。
曰く、嫂溺るゝに援はざるは、是れ豺狼なり。男女授受するに親らせざるは禮なり。嫂溺れば之を援ふに手を以てするは、權なりと。
曰く、今天下は溺れたるに、夫子の援はざるは、何ぞやと。
曰く、天下溺るれば之を援ふに道を以てし、嫂溺るれば之を援ふに手を以てするなり。子は手もて天下を援はんと欲するかと。
(
18)
公孫丑曰
ク、
君子ノ之不
ルハレヘヘレ子ヲ何ゾヤ也
ト。
孟子曰
ク、
勢ヒ不
レバナリレ行ハレ也。
ヘフル者ハ必ズ以テスレ正シキヲ。以
テレ正
シキヲ不
レバレ行ハレ、
繼グニレ之ニ以
テスレ怒リヲ。繼
グニレ之
ニ以
テスレバレ怒
リヲ、
則チ反ツテ夷レン矣。
夫子ヘ
フルニレ我ニ以
テスレドモレ正
シキヲ、夫子
ハ未ダルナリ レ出デ二於正
シキニ一也
ト。則
チ是レ父子相夷ルヽナリ也。父子相夷
ルレバ、則
チ惡シ矣。
古者ハ易ヘテレ子
ヲ而ヘ
フレ之ヲ。父子
ノ之
ハ不
レ責メレ善ヲ。責
ムレバレ善
ヲ則
チ離ル。離
ルレバ則
チ不祥莫シトレ大ナルハレ焉ヨリ。
公孫丑曰、君子之不ヘ子何也。
孟子曰、勢不行也。ヘ者必以正。以正不行、繼之以怒。繼之以怒、則反夷矣。夫子ヘ我以正、夫子未出於正也。則是父子相夷也。父子相夷、則惡矣。古者易子而ヘ之。父子之阨s責善。責善則離。離則不祥莫大焉。
公孫丑曰く、君子の子をヘへざるは何ぞやと。
孟子曰く、勢ひ行はれざればなり。ヘふる者は必ず正しきを以てす。正しきを以て行はれざれば、之に繼ぐに怒りを以てす。之に繼ぐに怒りを以てすれば、則ち反つて夷れん。夫子我にヘふるに正しきを以てすれども、夫子は未だ正しきに出でざるなりと。則ち是れ父子相夷るゝなり。父子相夷るれば、則ち惡し。古者は子を易へて之をヘふ。父子の閧ヘ善を責めず。善を責むれば則ち離る。離るれば則ち不祥焉より大なるは莫しと。
(
19)
孟子曰
ク、
事フルコト孰レカ爲サンニレ大ナリト、事
フルコトヲレ親ニ爲
スレ大
ナリト。
守ルコト孰
レカ爲
サンニレ大
ナリト、守
ルコトヲレ身ヲ爲
スレ大
ナリト。不
シテレ失ハ二其ノ身
ヲ一而
能ク事
フル二其
ノ親
ニ一者
ハ、
吾聞
ケドモレ之ヲ矣、
失ヒテ二其
ノ身
ヲ一而能
ク事
フル二其
ノ親
ニ一者
ハ、吾
未ダルナリ 二之
ヲ聞カ一也。
孰レカ不
ランレ爲サレ事
フト。事
フルハレ親
ニ事
フルコトノ之
本ナリ也。孰
レカ不
ランレ爲
サレ守
ルト。守
ルハレ身
ヲ守
ルコトノ之本
ナリ也。
曾子養フニ二曾ルヲ一、
必ズ有
リ二酒肉一。
將ニルニ レ徹セント、必
ズ請フレ所ヲレ與ヘン。
問ヘバレ有
リヤトレ餘リ、必
ズ曰フレ有
リト。曾ル
死ス。
曾元養
フニ二曾子
ヲ一、必
ズ有
リ二酒肉
一。將
ニルニ レ徹
セント、不
レ請ハレ所
ヲレ與
ヘン。問
ヘバレ有
リヤトレ餘
リ、
曰ヘリレ亡シト矣。將
ニレバナリ 二以テ復タ進メント一也。
此レ所ルレ謂ハ養
フ二口體ヲ一者ナリ也。
若キハ二曾子
ノ一、
則チ可
シレ謂フレ養
フトレ志ヲ也。事
フルニレ親
ニ若キ二曾子
ノ一者
ハ、
可シ也。
孟子曰、事孰爲大、事親爲大。守孰爲大、守身爲大。不失其身而能事其親者、吾聞之矣、失其身而能事其親者、吾未之聞也。孰不爲事。事親事之本也。孰不爲守。守身守之本也。
曾子養曾ル、必有酒肉。將徹、必請所與。問有餘、必曰有。曾ル死。曾元養曾子、必有酒肉。將徹、不請所與。問有餘、曰亡矣。將以復進也。此所謂養口體者也。若曾子、則可謂養志也。事親若曾子者、可也。
孟子曰く、事ふること孰れか大なりと爲さんに、親に事ふることを大なりと爲す。守ること孰れか大なりと爲さんに、身を守ることを大なりと爲す。其の身を失はずして能く其の親に事ふる者は、吾之を聞けども、其の身を失ひて能く其の親に事ふる者は、吾未だ之を聞かざるなり。孰れか事ふと爲さざらん。親に事ふるは事ふることの本なり。孰れか守ると爲さざらん。身を守るは守ることの本なり。
曾子曾ルを養ふに、必ず酒肉有り。將に徹せんとするに、必ず與へん所を請ふ。餘り有りやと問へば、必ず有りと曰ふ。曾ル死す。曾元曾子を養ふに、必ず酒肉有り。將に徹せんとするに、與へん所を請はず。餘り有りやと問へば、亡しと曰へり。將に以て復た進めんとすればなり。此れ謂はゆる口體を養ふ者なり。曾子のごときは、則ち志を養ふと謂ふべし。親に事ふるに曾子のごとき者は、可し。
(
20)
孟子曰
ク、人
ハ不
レ足ラ二與ニ適ムルニ一也、
政ハ不
レ足
ラレルニ也。
惟ダ大人ノミ爲ス三能ク格スト二君ガ心
ノ之
非ヲ一。君
仁ナラバ莫クレ不
ルモノレ仁
ナラ、君
義ナラバ莫
クレ不
ルモノレ義
ナラ、君
正シクバ莫
シレ不
ルモノレ正
シカラ。
一タビ正
サバレ君
ヲ而チ國定マラン矣
ト。
孟子曰、人不足與適也、政不足阮轣B惟大人爲能格君心之非。君仁莫不仁、君義莫不義、君正莫不正。一正君而國定矣。
孟子曰く、人は與に適むるに足らず、政は閧驍ノ足らず。惟だ大人のみ能く君が心の非を格すと爲す。君仁ならば仁ならざるもの莫く、君義ならば義ならざるもの莫く、君正しくば正しからざるもの莫し。一たび君を正さば而ち國定まらんと。
(
21)
孟子曰
ク、有
リ二不
ルレ虞ラ之
譽レ一、有
リト二求ムルレ全キヲ之
毀リ一。
孟子曰、有不虞之譽、有求全之毀。
孟子曰く、虞らざる之譽れ有り、全きを求むる之毀り有りと。
(
22)
孟子曰
ク、人
ノ之
易クスルハ二其ノ言ヲ一也、
無カラントノミレ責メ耳矣
ト。
孟子曰、人之易其言也、無責耳矣。
孟子曰く、人の其の言を易くするは、責め無からんとのみと。
(
23)
孟子曰
ク、人
ノ之
患フルハ、
在リト三好ミテ爲ラントスルニ二人
ノ師一。
孟子曰、人之患、在好爲人師。
孟子曰く、人の患ふるは、好みて人の師たらんとするに在りと。
(
24)
樂正子從ツテ二於
子敖ニ一之クレ齊ニ。樂正子
見ユ二孟子
ニ一。孟子曰
ク、
子モ亦來リテ見ユルカレ我ニ乎
ト。
曰
ク、
先生何爲レゾ出ダスヤ二此ノ言ヲ一也
ト。
曰
ク、子
ノ來ルハ幾日ゾ矣
ト。
曰
ク、
昔者ナリ。
曰
ク、昔者
ナラバ、
則チ我ノ出ダスヤ二此
ノ言
ヲ一、不
ヤ二亦宜ナラ一乎
ト。
曰
ク、
舍館未ダレバナリト レ定マラ。
曰
ク、子聞
クヤレ之ヲ也、舍館
定マリテ、
然ル後ニ求ムトヤレ見ユルヲ二長者ニ一乎
ト。
曰
ク、
克有
リトレ罪。
孟子
謂ツテ二樂正子
ニ一曰
ク、子
ノ之
從ツテ二子敖ニ一來レルハ、
徒ダ餔啜センガタメナルノミ也。
我ハ不
リキレ意ハ、子
ノ學ブハ二古ノ之
道ヲ一、
而チ以ナリ二餔啜
センガ一也
トハト。
樂正子從於子敖之齊。樂正子見孟子。孟子曰、子亦來見我乎。
曰、先生何爲出此言也。
曰、子來幾日矣。
曰、昔者。
曰、昔者、則我出此言、不亦宜乎。
曰、舍館未定。
曰、子聞之也、舍館定、然後求見長者乎。
曰、克有罪。
孟子謂樂正子曰、子之從子敖來、徒餔啜也。我不意、子學古之道、而以餔啜也。
樂正子子敖に從つて齊に之く。樂正子孟子に見ゆ。孟子曰く、子も亦來りて我に見ゆるかと。
曰く、先生何爲れぞ此の言を出だすやと。
曰く、子の來るは幾日ぞと。
曰く、昔者なり。
曰く、昔者ならば、則ち我の此の言を出だすや、亦宜ならずやと。
曰く、舍館未だ定まらざればなりと。
曰く、子之を聞くや、舍館定まりて、然る後に長者に見ゆるを求むとやと。
曰く、克罪有りと。
孟子樂正子に謂つて曰く、子の子敖に從つて來れるは、徒だ餔啜せんがためなるのみ。我は意はざりき、子の古の道を學ぶは、而ち餔啜せんが以なりとはと。
(
25)
孟子曰
ク、
不孝ニ有
ルモレ三ツ、
無キヲレ後爲スレ大ナリト。
舜ノ不
シテレ告ゲ而
娶ルハ、
爲メナリレ無
キガレ後也。
君子ハ以テ爲スナリレ猶ホシト レ告グルガ也
ト。
孟子曰、不孝有三、無後爲大。舜不告而娶、爲無後也。君子以爲猶告也。
孟子曰く、不孝に三つ有るも、後無きを大なりと爲す。舜の告げずして娶るは、後無きが爲めなり。君子は以て猶ほ告ぐるがごとしと爲すなりと。
(
26)
孟子曰
ク、
仁ノ之
實ハ、
事フルコトレ親ニ是レナリ也。
義ノ之實
ハ、
從フコトレ兄ニ是
レナリ也。
智ノ之實
ハ、
知リテ二斯ノ二者ヲ一弗ルコトレ去ラ是
レナリ也。
禮ノ之實
ハ、
節ヘ-二文ルコト斯
ノ二者
ヲ一是
レナリ也。
樂ノ之實
ハ、
樂シム二斯
ノ二者
ヲ一。樂
シメバ則チ生ジ矣、生
ズレバ則
チ惡クンゾ可
ケンヤレ已ム也。惡
クンゾ可
ケントナレバレ已
ム、則
チ不
トレ知
ラ二足ノ之
蹈ミ之
手ノ之
舞フヲ之
一。
孟子曰、仁之實、事親是也。義之實、從兄是也。智之實、知斯二者弗去是也。禮之實、節文斯二者是也。樂之實、樂斯二者。樂則生矣、生則惡可已也。惡可已、則不知足之蹈之手之舞之。
孟子曰く、仁の實は、親に事ふること是れなり。義の實は、兄に從ふこと是れなり。智の實は、斯の二者を知りて去らざること是れなり。禮の實は、斯の二者を節へ文ること是れなり。樂の實は、斯の二者を樂しむ。樂しめば則ち生じ、生ずれば則ち惡くんぞ已むべけんや。惡くんぞ已むべけんとなれば、則ち足の蹈み手の舞ふを知らずと。
(
27)
孟子曰
ク、天下
大ニ悦ビテ而
將ニルニ レ歸セントレ己ニ、
視テ二天下
ノ悦
ビテ而歸
セントスルヲ一レ己
ニ、
猶ホキハ 二草芥ノ一也、
惟ダ舜ノミ爲スレ然リト。不
レバレ得二乎
親ニ一、不
レ可カラ二以テ爲ル一レ人、不
レバレ順ハ二乎親
ニ一、不
レバナリレ可
カラ二以
テ爲ル一レ子。
舜
盡シテ二事フルレ親
ニ之
道ヲ一、
而チ瞽瞍モ厎スレ豫ビヲ。瞽瞍厎
シテレ豫
ビヲ、
而チ天下
化シ、瞽瞍厎
シテレ豫
ビヲ、而
チ天下
ノ之
爲ル二父子一者モ定マル。
此レヲ之謂フト二大孝ト一。
孟子曰、天下大悦而將歸己、視天下悦而歸己、猶草芥也、惟舜爲然。不得乎親、不可以爲人、不順乎親、不可以爲子。
舜盡事親之道、而瞽瞍厎豫。瞽瞍厎豫、而天下化、瞽瞍厎豫、而天下之爲父子者定。此之謂大孝。
孟子曰く、天下大に悦びて將に己に歸せんとするに、天下の悦びて己に歸せんとするを視て、猶ほ草芥のごときは、惟だ舜のみ然りと爲す。親に得ざれば、以て人たるべからず、親に順はざれば、以て子たるべからざればなり。
舜親に事ふる之道を盡して、而ち瞽瞍も豫びを厎す。瞽瞍豫びを厎して、而ち天下化し、瞽瞍豫びを厎して、而ち天下の父子たる者も定まる。此れを之大孝と謂ふと。
(本文はtaiju生作「漢文エディタ」原文よりHTMLに変換したものである。原文は後日利用の便を考えて、このファイルに含めてある。又、上下のコラムを連動させるスクリプトも入っている。)